*【仙道】ハッピーエンドの欠片(高校編)
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まだ、実感がない。
佐和は、いくつかインタビューを受けて、部屋を後にする。
顧問に肩を支えられて、やっと歩いていた。
「佐和、しっかりしろ。」
佐和は前だけを見ていた。
(力を尽くした。本当に、尽きてしまったのかもしれない。)
しかし、段々と現実を受け止め始める。
すると、不思議とまた力がどんどん湧いてくるようだった。
「せんせ、」
「なんだ。」
「ありがとう…ございます…。」
「泣くな、馬鹿者。」
脇に抱えられた賞状、そこには優勝の二文字。
「よくやった。よく乗り越えた。」
背中を優しく叩くその感触に、とうとう決壊した。
『ま、じかぁ…すげえ、おめでとう!』
電話の向こうで、仙道が声を弾ませる。
「ありがとう!彰も、初めてのインターハイなのにベスト4でしょ、すごいよ!」
『サンキュ、素直に嬉しい。』
既に大会のスケジュールをこなして帰宅している仙道は、久しぶりのオフのせいかリラックスした声色だった。
「頑張ったよねぇ、私たち。」
『報われたよなぁ、俺たち。』
緊張からの解放感のためか、いつもより楽しそうな佐和に、仙道は電話の向こうで破顔する。
『あー早く会いたい。』
「私も。明日帰るよ、でも彰部活出るんだよね?」
『…サボろっかな。』
「ダメです。明日会いに行くから。」
『ちえ。』
「ちえ、じゃない。ほら、もう寝よ。ちゃんと起きるんだよ。」
『はぁい。ふわ…』
欠伸が聞こえ、佐和は声を出して笑う。
「ゆっくり休んでね、おやすみなさい。」
『ありがと、佐和もね。おやすみ…。』
翌日昼過ぎ、空港からバスで部の皆と学校に到着した佐和は、早速仙道に連絡をした。すぐに返信が来て、その内容に笑ってしまった。
『釣りしてる。今日は釣れる気がして。』
学校を出ると、埠頭に向かって歩き出した。
「あーあ、今日は来なかったなぁ。」
軽く項垂れる仙道の背中を佐和はポンポンと叩いてやる。
「そういう時もあるって。」
「てゆっか、スカートで来ちゃダメって前に言ったよな。」
「だからほら、ウィンブレ。」
佐和は腰に巻いたウインドブレーカーを示すが、仙道は不服そうに、もー、と頬を膨らます。
「可愛くないって。」
その様子に佐和は吹き出した。
「あのさ、お母さんが夕飯食べにおいでって。」
「え、」
「お祝いしたいんだって、彰のインターハイ。」
「いいのに…」
「私もしたいな。嫌じゃなきゃ来て。」
「嫌なわけないだろ、行くよ。」
仙道は空いている方の手で佐和の肩を抱き寄せ、こめかみにキスを落とす。
「優勝おめでと。あー、やっとこさ佐和だ。」
疲れただろ、と頭を撫でる感触が心地よくて、佐和は、少しね、と本音を漏らして笑った。
その日の夜、事件は起きた。
ある程度盛り上がり、両親と双子が部屋に引き上げる頃、佐和がふらりと仙道に近付く。
「…彰、」
先程までダイニングで春翔と話をしていた佐和が、リビングのソファで秋也と談笑する仙道の首に手を回した。突然のことに、仙道は言葉を失う。
肩に顔を埋め、しなだれ掛かる佐和の背中に手を回し、仙道は動揺しながらも、どうした、と声を掛けるが、なかなか返事がない。
秋也も不審がり、大丈夫かと覗き込む。
「帰らないで…帰っちゃやだ…。」
くぐもった声でそう言った佐和に、仙道は口をあんぐりとさせる。
秋也はダイニングに目を遣る。
春翔がにやにやと笑っていた。
「…おい、春翔。」
千尋の低い声がどしんと響く。
春翔の笑顔が凍り付く。
「出頭させるぞ。」
仙道はそちらには振り返らなかった。
あまりの迫力に、振り返る勇気は出なかった。
(地獄の番人も震え上がる…確かに。)
佐和はといえば、すっかり寝息を立てていた。
「下戸なんだよ。」
佐和を部屋に連れて行った際に千尋が口を開いた。
「うちは母親以外、酒が弱い。春翔と秋也は、大学時代に多少の無茶をして飲み方を覚えてはいるが、俺なんかは全くダメで。」
千尋は佐和の髪を梳く。
「まー…こいつもダメなんだろうなとは思っていたけど。春翔の馬鹿、飲ませやがったな。」
「俺、少し様子見てます。」
「頼む。何かあったらすぐに声掛けてくれ。」
千尋はそう言って、部屋を出て行った。
「…佐和、さっきのは本音だった?」
返事がないことは分かっていたが、聞かずにはいられなかった。
「…あきら。」
佐和が目を覚ます。
「佐和、聞こえた?」
「うん、聞こえた…。」
「そうだよ、ほんとうは、ずっといてほし…」
「……ねみい」
「え?」
仙道の方に伸ばしかけた腕はベッドに落ちる。
その様子に、仙道はがくりとベッドに突っ伏す。
「生殺しすぎる。」
健やかな寝顔と規則正しい寝息に泣きたくなった。
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ダメなお兄さん。懲戒モンだ。