*【仙道】ハッピーエンドの欠片(高校編)
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体を洗う佐和に、お背中お流ししましょうか、なんて冗談を飛ばせば睨み返された。
こっち見んな、と静かに言い放たれれば従うしかない。
……なんか良いムードにならないかなぁとか思ったけど、取りつく島もない、とはこの事で、これ以上事態を悪化させるわけにもいかず、佐和に背を向けて湯船で膝を抱え、その膝に額をつける俺。この向きでは流石に狭い。
ごめんなさい、また悪ふざけが過ぎました。
心の中で猛省していると佐和の綺麗なアキレス腱を目の端で捉えた。
膝から顔を上げると、佐和が同じように膝を抱えてこちらを見ていた。
「反省してる?」
「してる。」
俺は佐和の方に向くように体の向きを変える。
「……仲直り。」
そう言うと佐和は左手の小指を俺の右手の小指に絡めて、すぐに離れる。
なにそれ、仲直りの儀式?
無意識?こえーな、それ可愛いんだけど。
「夕飯、何食べたい?」
「……佐和。」
「反省してねえな。」
「うそ、ごめん、オムライス。」
凄い勢いで睨まれた。冗談抜きで怖かった。
「うまかったぁ。ご馳走さま。」
「本当?良かった。お粗末さまでした。」
佐和の作るごはんを食べるのはバレンタイン以来。
1年の時も2年の時もバレンタインは弁当だった。でもそれとは違う。キッチンに立つ姿を目の当たりにしており、且つまた、一緒に食べているからか、なんだか感慨深い。
「片付けは俺がやるよ。」
「いいのに。」
「いいからいいから。」
「じゃ、コーヒーか紅茶淹れようかな。あ、そば茶もあるよ。」
「お、そば茶がいいなー。」
「おっけー。」
キッチンに隣り合って立つとそれはまるで。
「同棲してるみたい。」
「え?」
「卒業したらさ、一緒に住まない?」
佐和は、ふ、と笑う。
綺麗、イケメン、いやいや、美人。
「ばーか、大学離れるかもだろ。」
「佐和はどこ受けるの。」
「豊田かもよ。」
「え。」
「つくばもいいなぁ。」
「…。」
遠く、離れてしまうんだろうか。
そんな不安が過ったところで、佐和が、ふふ、といたずらっぽく笑い、嘘だよと言った。
「深体の誘い、受けてみようと思ってる。」
佐和が急須を傾ける。
適度に蒸らされて香ばしい香りを漂わせるそば茶が、マグカップ6分目程度まで注がれる。
「彰は?決めてる?」
こちらを見上げるその穏やかな笑顔は心臓に悪い。
この笑顔に弱いんだよな。
早鐘のように打つ心臓を宥めるように、小さく深呼吸をする。
「俺も、深体考えてた。藤真さんから話聞いてたら良さそうだなって。」
偽りなく、本音だ。
佐和が愛知を選ぼうが茨城を選ぼうが、はたまた九州へ行くと言おうが、俺は俺。
どちらかの選択にどちらかが引っ張られるのは望むところではない。
……と、佐和に言われるのは分かっているから。だから、俺は俺で考えて決めた。
「そうなんだ、すごいね!合格したいな。」
「佐和はほぼ決まりだろ。」
「まさか!小論文対策しないと。」
生々しい単語が出て来た。
小論文。
「田岡先生に相談したら?」
「そーだな…。」
「もうすぐ三者懇だけど、ご両親には?」
「進路については話してるよ。」
「忘れてないんだ。」
「流石にな。」
冷めちゃうよ、とお茶を運ぶ佐和を追いかけるように、濡れた手を拭いて振り返る。
丁度佐和がお茶の乗ったトレイをテーブルに置いたところで、一際強く光ったと思ったら、大きな雷鳴が鳴り響いた。
部屋の電気が、消える。
かた、と陶器の触れ合う音がした。
佐和。
「いてっ」
慌てて駆け寄ろうとしたが、カウンターに体をぶつける。くそ、目が慣れねえや。
「彰…。」
不安げな声が聞こえた。
「佐和、熱くなかった?」
「あ、大丈夫。こぼしたわけじゃないから。」
指先に触れる。
手を伸ばしていたのか。
「見つけた。」
優しく、誘うようにその手を引いて、腕に閉じ込める。
佐和が深呼吸したのがわかった。
雷が、また鳴る。
腕の中で小さく震えた背中をゆっくりさする。
「大丈夫、1人じゃない。」
「…うん。」
佐和の手がTシャツを掴んで離さない。
愛おしい。
「良かった、居てもらえて。」
電気はすぐに復帰した。
まだ尚遠くでゴロゴロと鳴ってはいるが、さっきのがピークだろう。
佐和はホッとした表情をしている。
「お茶、冷めちゃったかな。」
マグカップにそっと触れ、うーんと唸り、どう?と俺に尋ねてくる。
「このくらいがいいよ、熱いと飲みづらい。」
「同じく。じゃ、これでいっか。」
そう言ってリビングのソファに並んで腰掛ける。
気象情報を確認しようとテレビをつけた佐和の表情からは不安の色は無くなっていた。
よかった。
佐和はテーブルにカップを置いて、ソファの背もたれに体を預ける。
「なんか無駄に疲れた。勘弁して欲しいよ…。」
「はは。本当にな。」
俺もそれに倣う。
すると、佐和は
「そうだ、服乾いてるかな。みてくるよ。」
と言って、浴室乾燥機にかけた衣類を見に行こうとする。
「行くなよ。」
肩を押さえてそれを制する。
「ちょっと…」
「…今夜、泊まってもいい?」
雨の音は、まだ鳴り止まない。