*【深津】真夏の7Days
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こうやって進んでいくのだろうか。
年子の弟が甲子園に出場することとなり、両親はその応援に兵庫までついて行った。秋田に残された私は畑を任され、テレビの前で応援することが日課となった。…まあ、一応受験生だし、勉強もしたりしてるんだけどさ。
試合に勝ち進んでいるらしく、お盆もひとりだ。別にいーけど…。電話がかかってきて、ナントカを収穫しろとかそんな指示が飛んで来る。どれそれは深津さんにお裾分けしろ、とかね。
そんなある日、爆弾低気圧だかなんだか知らないが、台風みたいなのが夜に近付くとの情報が入った。家の養生を頼むとか、畑の整備をしろだのといった連絡が来る。そんな連絡またずとも畑仲間のベテランたちが声を掛けてくれて、上下カッパ装備で、助け合いながら作業をしていた。あんまりだ、こんな時にそんなもの発生しなくてもいいじゃないか。
真夏なのにひんやりした風はびゅうびゅうふくし、横殴りの雨はばちばち降るし、ごろごろと不穏な音までし始める。いつもなら日が高い時間でも薄暗くて気味が悪い。仲間のベテランたちは手際良く作業を進めて、こちらの手伝いもしてくれて、漸く済んだ頃にはかっぱが泥まみれ。一応思春期の女子高校生なんだけどなぁ、我ながらたくましいったらないね、はは!
「菜月、大丈夫か。」
帰り道の途中で、少し焦ったように一成が駆け寄ってくる。こんな天気じゃ傘なんて意味ないのに。半袖のTシャツにハーフパンツ、サンダルのいでたちを見るに、外の様子を見て慌てて出て来てくれたんだろうか、でも、ずぶ濡れじゃん。
「大丈夫だよ、みんな手伝ってくれて。」
「雨戸、まだ閉まってなかった。」
「…あ!いけない、忘れてた!」
「手伝うから。慌てると転ぶぞ。」
ピョンを忘れる程取り乱しているのが驚きだったし、繋いだ手がいつもより冷たかった。
「って言ってもあんた濡れすぎ。ちょっとそこで待ってて。雨戸は逃げないし。」
ガレージの奥に畑の道具を投げ入れ、土間にカッパと長靴を脱ぎ捨てる。すっかり濡れネズミの一成は黙って従った。
お風呂のお湯をためるスイッチを入れ、足拭きタオルとバスタオルを玄関に持っていく。一成はサンダルを脱いで足拭きタオルで濡れた膝下を拭き、バスタオルをかぶったまま雨戸を閉めるのを手伝ってくれた。男手があるとこういう時助かるなぁ。
そうこうしているうちにお風呂が沸いたので洗面所に一成を押し込む。
「菜月の方が濡れてるピョン。」
「一成の方が濡れてるピョン。私カッパ着てたからそんな濡れてないって。いいから入って、弟の着替え置いとくから。」
弟は同じくらいの体格なので多分大丈夫。一成は小さくくしゃみをした。ほら、冷えちゃうよ。
私もお風呂を済ませちゃって、夕飯も一緒に食べる。一成は、電話を貸してくれって言ってたから自宅に連絡したんだと思う。携帯も持たずに出てきたんだ、相当慌てて…
「…そんなに慌ててたの?」
「は?」
食器を洗いながら私が呟くと、一成はそれを拾う。
「あ…いや、」
「気持ち悪いから最後まで言うピョン。」
「えー…いいよ、なし。」
水を止めてタオルで手を拭く。乾いた布巾で食器を拭いていた一成はその手を止めて、体ごとこちらに向いた。
「気持ち悪いピョン。」
「大したことじゃないって。」
「…。」
「…あーもう。」
無言の圧力に耐えかねて、携帯忘れるほど慌てて出て来たの、と尋ねた。最後の方は消え入りそうになってしまった。なんだか恥ずかしくて。
「そうだよ。」
一成は即答して私の手を握る。さっき繋いだ時は冷たかったのに、今はすごく熱い。
「心配だった。菜月、ひとりでいるなんて、知らなくて。」
「言ってなかった?」
「聞いてない。」
「ああ…。ごめん、そうなの。甲子園に」
「親から聞いた。」
「…ですよね。」
少し苛立ちを含んだ声に萎縮する。普段あまり感情を表に出さないから、余計に怖い。
「ごめんって。」
「謝れなんて言ってない。」
「怒ってるじゃん。」
「…心配したんだ。」
ぎゅう、と抱き締められて言葉を失った。そんなに?朴念仁の一成が?
閃光が走る。瞬間、軋むような音と腹に響く重厚で耳障りな音が響いた。照明が大きく瞬く。
「…落ちた。」
「落ちたな。……痛いピョン。」
「あ、ごめん。」
シャツを掴んだつもりが皮膚までつまんでしまったみたい。素直に謝って手を離す。
雨音がうるさい。あと、私の心臓。
「別にいいけど。帰れないから、雨止むまで居てもいいか。」
「帰れなんて言えないよ…。」
「ん。」
まだ遠くで雷が鳴ってる。
不安な時に好きな人が傍に居てくれることはなんと心強いことか。…と言っても目の前の恋人は弟の服を着ていて、ムードもへったくれもない。
「…弟もでかいけどあんたもでかいよね。」
「でも小さい方ピョン。」
「チーム内ではそうかもね。一般的には大きいよ。」
「つうか弟と比べるなよ。」
「その服がそうさせるんだって。あ、乾燥機止まっちゃってないかな、見てくるね。」
そういって体の向きを変えて洗面所に向かおうとしたら肩を掴まれる。
「脱ぐ?」
「何言ってんの!」
「脱いだら流石に違うピョン。」
「そりゃやってるスポーツ違うからね!あいつはけっこうむちむちしてるし!」
「…見たことあるのか。」
「ぱ、パンイチでウロウロするもん、仕方ないでしょ!」
「…。」
「黙るなばかっ!」
そんな簡単に、脱ぐ、とか言わないでよ!私たちもう高校生なんだから!3年生なんだから!思春期ぞ、思春期!!
「変なこと言わないでよ、もう…。」
「変なこと考えたのか。」
「そんなんじゃねっての!もう!」
「はは。」
肩を怒らせながら洗面所に向かう私の後ろで笑う一成。ほんっとなに考えてんだか、もう!
「…変なことになってもいいんだけどな。」
先ほどに比べると遠慮がちな雷鳴が響いた。
一成の声は、聞こえない。
頭の中で猛然と吹き荒れる。
彼は男で、私の恋人で、
もう、子供ではないという現実が。
乾燥機を見るとエラーが出ていた。しかし中の服はすっかり乾いていて、着ることが出来そうだ。
「これなら着れそうだよ。」
「ありがとピョン。」
服を渡すと、一成はその場で脱ぎ始める。思わず背を向けると、それに気付いたのか笑い声が聞こえた。
「パンイチの弟は平気ピョン。」
「弟だもん。」
「俺は。」
「…。」
「はは。」
半裸の一成が後ろから抱きついて来た。
「ちょっと!」
「…弟と、違う?」
「違うに決まってる…っ!」
「はは。」
全然違う。
弟は筋肉もついているけど多少ぽよんとしている。必要なことらしい。確かにプロ野球選手もぽよんとしてる人、いるもん。
一方で一成は全然無駄なとこなくて。羽織っている薄手のパーカー越しの肉体が、体温が、あまりに鮮明だ。
やめて、離して、
全然違う人みたい。
「菜月、緊張してるピョン。」
「うっさい!」
「はは。」
あっさり離れていく体温が恋しいなんて言えない。乾いたTシャツとハーフパンツを着て、弟の服を丁寧に畳む。強豪校ってのはこういうもんなのかな、弟も結構ちゃんとしてる、行き届いてるんだよな。
「洗って返すピョン。」
「いいよ別に。バレないから。」
「そういうわけにはいかないピョン。」
「律儀…。じゃあそうして。」
「ん。」
テレビでもつけようか、なんとなく手持ち無沙汰だし。そうだ、今日の甲子園の結果観てないや、それどころじゃなかった。
そんなことを考えながらテレビをつける。恋愛ドラマの再放送、それもクライマックスのラブラブハッピーエンド。思わず消してしまった。
「テレビで遊ぶなピョン。」
「ま、まちがえたの!ニュース…。」
「そんなに意識されると居た堪れない。」
「そんなんじゃない!」
「本当に?」
見透かしてくるような視線、バスケの時のそれに似ている。
居間のソファに不自然な間をあけて並んで座っていたが、距離を詰めてくる。
「ちょっと、」
「…くっ。」
「わ、笑うな!」
「あっはは。」
珍しく高らかに笑っていて、驚いた。緊張していたのが嘘みたいに解れていく。一成は私の手からリモコンを取り上げると、スイッチを入れてニュースに変える。
「今日は弟試合ないピョン。」
「あ、本当だ。」
そのまま高校野球やプロ野球の話にもつれ込み、ヒートアップして、自然と手が、肩が、足元では膝が触れ合ったりしたけれど、緊張はしなかった。楽しくて。そのままキスをしたりもして。
その先に至ることはなかったけれど、好きの気持ちを改めて確認した。
「好きだよ。」
肩にもたれて小さく呟くと、大きな両手が私の頬を包んで視線を合わせる。
「俺も。」
優しいキスが降ってきて、そこで気が付いた。
「雨、止んでる。」
「…残念。帰るピョン。」
そう言って、ソファから立ち上がり、弟の服を持ち上げる。私も一緒に立ち上がり、玄関で見送る。
「菜月、…また明日。」
当たり前にそう言って、一成は出て行く。
普段は出来ない約束。
お盆がこのまま続いたらいいのに。
夏の嵐
嵐と共に去っていく体温がすごく寂しくて
危うく言いそうになってしまった。
行かないで、と。
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Twitterにてリクエスト頂いたものです。
ありがとうございました!
少し発展させています。