*【深津】真夏の7Days
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
俺はバスケ、しか、出来ない。
そう痛感させられた。
なんとなく気が重い午前5時。目覚まし時計がなくても目が覚める。
起きてランニングして、ボールをもって誰もいない公園で練習をする。朝食を摂ったらトレーニングをし、庭にあるすっかり朽ちたゴールでシューティング。帰省中のルーティンだった。それが終われば汗を流して菜月の家に行く。課題をやったり甲子園をみたり、一緒の時間を過ごした。
今日も同じように過ごせるだろうか。
かぶりを振って、立ち上がる。さっさと着替えて走り出した。振り切るように。
いつも通りのお昼前。いつもならそろそろふらりと現れるはずなのに。そんなことを思いながら昼食の支度を始める。2人分作るのが当たり前になっていたのに、連絡もなく、食べ始めても音沙汰はない。沈黙する携帯を眺めて、ため息をついた。どうしてもっと気を付けていなかったのだろう。後悔ばかりが頭を巡る。
「1人じゃ美味しくないよ。」
目の前の空の椅子を眺めて、ひとりごちた。
腹に響く音が聞こえる。花火の音だ。部屋の片付けに没頭していて気がつかなかったが、陽が傾き始めていた。問題集を開く気にもなれず、部屋の惨状を収めることに注力していたのだ。
白い箱を手に取る。
あまりいい思い出ではなかった。初めてだったのもあるけど、痛い記憶しかない。2回目だって、結局上手くいかなくて、その痛みに恐怖さえ覚えている。
いっそ捨ててしまおうか。
そんなことを思った時、1階の電話が鳴ったので慌てて階下に降りた。母親からで、なんてことない連絡事項と世間話だったのだが。
周囲に背の高い家はないので、縁側からでも十分花火が楽しめた。去年は友達と行ったんだったな、その時、前の彼氏に一目惚れしたんだ、体育祭での活躍にますます気持ちが募り、勢いで告白したんだったなぁ、などと思い出す。
(一成に会いたい。)
三尺玉が弾ける。
「菜月。」
姿を現す、恋人。
「…一成。」
立ち上がった拍子にぽろ、とひとつ涙がこぼれる。
「ごめん。」
駆け寄った深津が菜月を抱き締めた。
「…来ないのかとおもった。」
「ごめん。」
「…私、一成がいいよ。」
「ありがとう。」
「すき…。」
「俺も菜月が好きだ。」
もう一度三尺玉が上がって、高らかに咲いた。
「怒ったわけじゃない。」
「うん。」
「…少し、悔しかった。」
「…うん。」
縁側に並んで座って、手を繋いだ。ぽつりぽつりと深津が話すのを、菜月は真剣に聞いた。
「菜月に触れた男が許せないとも、思った。」
「…うん。」
「でも、それは仕方のないことだ。菜月のせいじゃない。」
「…。」
ぎゅう、と繋いだ手に力がこもる。
「どうしていいか、わからなかったんだ。不安にさせて悪かった。」
「私こそ、無神経だった。ごめん。」
弾けては消えていく花火を眺めながら、双方気持ちが凪いでいくのを感じていた。やがてどちらともなく身を寄せる。
「よかった、一成が来てくれて。私もどうしていいのかわからなくて。」
「悪かった。…なかなか上手くいかない。」
「ううん。そういうところも好き。あんまり慣れてたら、そんな暇あったのかって怒るところだった。」
「…フォローなのか、それ。」
困ったように笑う深津につられて菜月も笑った。
花火がつづけていくつも上がる。クライマックスのようだった。
「終わるね。」
「そうだな。」
「お盆も、あと少しだね。」
「…そう、だな。」
土曜の昼間に戻って来た深津は、次の金曜に戻ると言った。その日は、明後日に迫っている。
「あっという間だね。」
「早いな。」
一寸、見つめ合う。やがて距離がなくなり、何度もキスをした。
「ん…」
深い口付けに菜月が声を漏らすと、深津がゆっくりと離れる。
「… 菜月。」
名前を呼び、目を合わせる。菜月は、なに、と小さく呟いた。
「…。」
「どうしたの。」
「…明日。」
「ん?」
深津は小さく息をつく。
「また、明日。」
そう言って立ち上がった。菜月は首を傾げたが、同じように立ち上がり、頷いた。
「うん、また明日。…ちゃんと、来てよ。」
「わかってる。」
「今日、夕飯とお昼ご飯同じもの食べたんだから。」
「悪かったピョン。」
「ピョン…。」
「はは。」
「もう。」
片手を上げて深津は背を向け、歩き出す。
(危なかった。)
脈打ち始めた自身を諫めるように、遠回りをして帰宅した。理性とはこうも簡単に吹き飛ぶものなのかと、認識を改めながら。
夏の花火
開いては消えていく花火を見ながら
自分の想いを確かめた。
大切にしたい気持ちと
それから、
…それから。