*【深津】真夏の7Days
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別に、隠していたわけじゃない。
「カーテン!?全部屋!?」
午前の収穫作業は早々に完了し、いつもより早く帰宅すればそんな連絡が入っていた。
カーテンの洗濯と取り替えだと?馬鹿なことを!菜月は地団駄を踏みたくなるような気持ちを押さえて順番にカーテンを外し、洗濯機を回す。確かにだいぶ汚れている。庭の物干しに干して2階のベランダにも干して、やれやれと一息ついた。
(お母さん、こんなことしてるんだな…。)
縁側にごろりと寝転がる。
暑い。でも、風が心地よい。ひと仕事したらまた汗かいた。何回シャワー浴びたらいいんだろ、カサカサになっちゃうな。そんなことを考えながら、眠ってしまっていた。
「菜月。」
よく知った声が菜月を呼んだ。ゆるゆると目を開けると、自分よりもうんと大きな影が落ちている。深津は菜月の隣に腰掛けると、首を傾げる。
「寝てたピョン。」
「ん…寝ちゃってた…。」
「こんなにも、ひとりでよくやるピョン。」
「さすがにくたくた。お母さんってすごいねぇ。」
汗かいちゃった、と言いながら体を起こす菜月を横目で見ながら深津は溜息をついた。
「無防備ピョン。」
「そう?」
「玄関は施錠されてるかも知れないけど、普通にこっち回ってこられるピョン。」
「平和だよねぇ。」
「ピョン。」
「痛っ!」
額に軽く手刀が入る。菜月は額をさすりながら、なにすんのよ、と深津を睨む。
「もっと危機感もつベシ。」
「あ」
「…ピョン。」
「ふふっ。」
「…スイカ。」
「本当だ!どうしたの?」
「うちの庭で出来たピョン。いつの間にか作ってたピョン。」
「可愛いねぇ。」
深津はバスケットボールよりも小さなスイカを手の中で弄んでいたが、菜月にそれを手渡した。
「あ、意外とずっしりしてる。」
「まだ食べてないから味は保証しかねるピョン。」
「楽しみだね。」
「…普通は怒っていいと思うピョン。」
「そう?いいじゃん、それが醍醐味ってもんでしょ。うちと深津さんちの仲だしさ。」
菜月はそう言うと立ち上がる。
「玄関開けるから回って。」
「ん。」
「…ピョン忘れてる。」
「菜月といると忘れるピョン。」
「なにそれ。」
「さあ。」
それ以上追及せず、菜月は玄関に向かう。深津も外から玄関へ回った。
南部鉄器の風鈴が揺れ、ガラス製のそれとは違う音を奏でる。
重く、深く。
「少し冷やしておこうか。」
「ん。」
野菜室に小ぶりなスイカを収める。
「私汗かいたからシャワー浴びてくるね。ゆっくりしてて。」
「わかったピョン。」
「麦茶冷蔵庫に入ってるし、コップはそこね。」
「ピョン。」
「よろしく。」
しばらくして菜月がダイニングに足を踏み入れると、深津が熱心に何かを書き込んでいるのが見えた。定規や関数電卓が投げ出されている。
「悪い、広げてるピョン。」
「大丈夫。これは?」
「機械製図ピョン。」
「こまか…。」
「あと少し、いいか。」
「全然いいよ。私も問題集やるね。」
「ピョン。」
一段落ついたところでスイカを切る。菜月が切るのを深津は隣で眺めていた。
「黒いスジのところに種があるんだよ。」
「菜月、よく知ってるピョン。」
「お母さんが教えてくれたの。だから、そこで切ると種がとりやすいんだ。」
そんな話をしながら切り分ける。小ぶりなので2人でもじゅうぶん食べ切れそうだ。
縁側で並んで座る。フォークで種を予め落とし、かぶりついた。冷やしておいたのでひんやりとした果肉が口の中の熱を冷ましていくようだった。
「美味しい…すごいね!庭で作れるもんなんだ!」
「思ってたより全然美味しいピョン。」
「お父さんとお母さんが頑張ったんだねぇ。」
「我が子より可愛がってるピョン。」
「我が子の代わりなんじゃない?」
手から滴り落ちる赤い果汁が、膝に敷いたタオルを染める。べたついて嫌だとかそんな文句も言わず、互いにさくさくと小気味良い音を立てた。蝉は相変わらずうるさかったが、吹き抜ける風は悪くないし、風が揺らす南部鉄器とガラス製、両方の風鈴は涼やかだ。
一足先に食べ終わった深津は皮を皿に戻すと菜月の方を見た。それに気付いた菜月も目だけで深津を見ると、申し合わせたように笑い合う。
「夏って感じだね。」
「同じこと思ったピョン。」
菜月の肘まで伝う赤い雫を深津がタオルで拭ってやる。ありがとう、と照れたように笑った菜月に、そのままそっと口付けた。
「背が高いといいね…。」
脚立にのぼってカーテンを取り付けていく菜月をよそに、踏み台いらずの深津はすいすいと取り付けていく。
「無理しなくていいピョン。」
「一緒にやった方が早いから。」
一階のカーテンを取り付け終えると、次は二階。深津は寝室に入るのを躊躇ったが、菜月に頼み込まれて渋々足を踏み入れる。両親の部屋、弟の部屋、そして
「ここで最後だから。」
「散らかってるピョン。」
「整理してたの。今やらないとあとあと慌てるでしょ。」
「前から思ってたけど、家、綺麗にしたピョン。」
「そうなの。ボロだったからね。」
出窓のカーテンをつける深津を背に、菜月はゴミ袋に物を捨てていく。
「物が多いピョン。」
「そーなの。…要らないもの、捨てないとね。」
何かを含んだような物言いに深津は首を傾げたが、やがてその理由を知ることになる。それはもう、生々しい形で。
「…… 菜月、これ。」
「え?…あ!」
深津が持ち上げた長方形の箱、白地に赤く細い線の英語の表記。ぱっと見ただけでは何かわからないが、よくよく見れば何かわかるそれ。使い方や厚みの記載が生々しさを語る。
「…なんで持ってるんだ。」
「聞く…?」
「聞く。」
「…あのね、」
以前付き合っていた彼氏と一箱ずつ買ったと菜月は話す。安いものではないし、男にばかり負担をかけるのはフェアじゃないと話し合った結果そうしたのだと言う。結局は互いにひとつずつ使っただけで、余ったものは引き出しの肥やしになっていたようだ。
「…。」
「黙らないでよ…。」
先程までなごやかだった空気が冷え切ったようだった。1階の南部鉄器は朗らかにうたうのに、2人の間に流れる空気はまるで真逆だった。
「ごめん、無神経だったね。」
「そんなことない。謝るな。」
「でも…」
まざまざと見せつけられる、過去の男の影。体をゆるしたという事実。
わかっていた、あり得ることなんだと。なのにどこかで願っていた、自分が最初だったらいいのにと。
「…カーテン、全部か。」
「うん。」
「わかった。じゃあ、そろそろ帰る。」
「一成、」
「菜月が悪いんじゃない。俺の理解が及ばなかっただけだ。」
「やだ、やめてよ、そんなこと言わないで。」
「菜月。」
「今はダメなんだ、気持ちがついていかなくて。俺…ほんとにバスケしかしてなかったんだな。」
深津は自嘲気味に笑う。菜月の頭をひとつ撫でると、そのまま階段をおりて行った。
菜月はその後ろ姿を眺めることしかできなかった。
夏の曇
大きな入道雲が影を作る。
大切なものを隠してしまうように。
雷鳴を、伴って。