*【深津】真夏の7Days
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まだまだ知らないことが多い。
「菜月ちゃーん!あとは俺らやっとくから帰りなー!」
午前の作業を行っていると、近所の畑仲間が菜月に声を掛けた。菜月は手を止め振り返る。
「でもまだとうもろこしの収穫終わってないんよー!」
「やっとくから!受験生は勉強してきい!神沢さんに任されとるから安心して!」
「じゃあ、今度なんかあったら言ってね!」
「おーう!助け合いな!」
「うん!ありがとー!」
道具一式を持って帰り道を歩いていると、進行方向の先に深津が片手を上げて立っていた。
「お疲れピョン。」
「ありがとう。おつかれさま。どうしたの?」
「これ、昼飯。母親が持ってけって言うから持って来たピョン。」
「え、嬉しい!ありがとう!帰ろ!」
畑の道具を持とうと手を伸ばしてきた深津の手を制する。
「土まみれだから。食べ物持ってるでしょ、それ頼むわ。」
「…ん。」
「手もだめ。食品衛生!」
「細かいピョン…。」
「まー、食べるのは私たちだからね…。じゃ、手だけ。」
「ピョン。」
家に辿り着くと、すぐに菜月は浴室に消えた。土塗れ汗まみれの体で家の中をうろうろするというのは言語道断だ。とはいえ、汚してもいい服装なだけに自分が土に汚れるのも汗にまみれるのも悪くないとは思っている。
菜月が髪を乾かして戻ると、深津が既に食卓を整えていた。
「ほんっとに行き届いてるね。」
「そうでもないピョン。」
「いやいや。だってもう私何もすることないし。あ、一成のお母さんの浅漬け好きなんだ、嬉しい!」
「それは良かったピョン。」
「…それどうにかならないの?」
「ピョン。」
「誤魔化すな。…いいけど。」
浅漬けのほか、肉じゃが、切り干し大根の煮物、根菜の炊き込みご飯など、自分では作らないメニューの数々に菜月は感嘆の声を上げた。
「キャベツときゅうりは菜月の家のだピョン。」
「そうなんだ!役に立てて嬉しいな。あ、今度トマトととうもろこし持って行くね。沢山できた。」
「ありがとピョン。」
にこにこと機嫌よく箸を進める菜月を見ながら深津は口元を綻ばせる。
「やっぱよく食べるね、気持ちいい。」
「それほどでもないピョン」
「そんなことないって。みるみるうちにお皿が空になってくの、見ていて清々しいや。」
「弟も食べるピョン。」
「すっごい食べる…。おっつかない。」
すごいスピードで食べるとか、一口が大きいとかではなく、淡々と食べ進めて皿を空けていく深津の様子を菜月は楽しそうに眺めていた。
「一緒に食べるの、楽しい。」
「それは同意ピョン。」
「あ、意外。そう思うんだ。」
「そりゃそうだろ。今まではこんなことなかったし。」
片付けまで済ませると、食休みがてらリビングのソファで甲子園を見る。丁度弟の試合が放送しており、興奮する菜月の隣で深津は淡々と観戦する。
「抑えに出て来たピョン。」
「大丈夫なのー?」
そうは言いながらも嬉しそうな菜月の横顔を見て深津は微笑む。
「信じるピョン。」
「あと2人だもんね。いつかの愛知代表みたいにならなきゃいいけど…。」
「やめてやれピョン。あいつもプロになってるピョン。」
「そーだね。」
深津の肩に体を預ける菜月の背中から手を回して、手を握る。触れ合う右手同士に熱を感じながら、弟の活躍を見守った。
「進路かぁ…。」
勝利を見届けるとダイニングテーブルで菜月は問題集を開く。深津も一度帰宅し、持ち帰っていた僅かな課題を持ち込んで進める。
「専門いくよ。農業大学校。」
「家継ぐ気ピョン。」
「違うよ…。違うけど、楽しいのは確かだから勉強するなら好きなことかなって。」
「大したものピョン。」
「ありがと。一成は?」
「んー…」
「引く手数多でしょ。」
「実業団。」
「え、就職ってこと?」
「先のこと考えたら。」
「…そうなんだ。」
「バスケも、長くやれるわけじゃない。プロの道も狭い。」
「うん。」
「退いた後、解説になれるほど上手く喋れるわけじゃないしな。」
「あはは、確かに。」
「納得するなよ。」
菜月が顔を上げると、真摯な目を向ける深津と視線が重なる。
「…菜月との未来を、描きたいとも思った。」
「…え?」
「なんて、な。」
問題集に目を落とした深津からは何も読み取れないが、菜月の頭ではその言葉がこだまして離れない。
(いまの、軽くプロポーズでしょ…!?)
ばくばくと拍動が強くなる心臓を宥めるように深呼吸して、問題集に目を落とす。集中なんて出来たものではない。ちら、と深津の手元を盗み見る。電気・電子科学、製図、よくわからない。同じ3年間、正確には2年半程度を、全く違う過ごし方をして来たのだと実感した。
「…私、茨城の学校行こうかなって。」
深津が顔を上げる。
「そこだと、栄養系の科目も充実してて…その…一成のこと、応援したいって、サポートできそうって、思って。」
「…そうか。」
「…。」
「いつから。」
「え?」
「いつから考えてたんだ。」
「…さあね。」
「…はは。」
「笑わないでよ。」
「嬉しいんだよ。」
(嬉しい…!?)
子供の口約束だと、大人は笑うのだろう。それでも2人にとってはとても重大で繊細な問題だった。
将来を約束する為の引換券を交換するようなやり取りだと菜月は思った。途方もなく遠回しなプロポーズをし合って、満ち足りたような気分になる。
「一成はどこの企業から誘われてるの?」
「秋田の鉄道会社ピョン。」
「地元奉公だねぇ。」
「菜月が茨城に行くなら関東考えれば良かったピョン。」
「2年だから待っててよ。」
「…会いに行くピョン。」
「あはは。楽しみにしてるね。まずは合格しないと。」
窓にかかっていた、年季の入った風鈴が涼やかな音を奏でる。いまのところ、順風だ。
夏の風
新たな旅路を互いに尊重しよう。
必ず重なるはずだから。