*【三井】もしも運命の人が
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「見た目がなんだよ、こいつはこいつじゃ!」
あの時たぶん、祥太を好きになった。
恋愛としての、好き。
三井さんは一言も発しない。黙って私の手を握って歩く。どこへ行くのだろう、見慣れた景色なのに、全然違うところを歩いているみたい。
「三井さん。」
「…なに。」
「お話をしたいです。私のこと、ちゃんと話させて。…もう、知ってるんでしょ。」
足が止まった。一歩前を歩いていた三井さんがこちらを振り返る。
「写真を、みたんですよね。」
「…ああ。」
「いつ?」
「飲み会の時。」
ああ、だからあんなことを。
「…気を、遣わせてしまいましたね。ごめんなさい。」
「違う。」
「がっかりしたでしょ。私、あんな。」
「そんなことねえって、」
「あの!」
何か言おうとした三井さんを遮る。
「こんなとこでは…アレなので。うち、来て下さい。」
人の往来のある公道、振り返る人もいる。こんな所でまともに話なんか出来たもんじゃない。三井さんは、そうだな、と頷いて歩き出した。その間、どちらも黙ったままだった。
「これ、写真です。」
「…おう。」
「中村と会ったのは、この頃の事を黙っててもらいたかったからです。」
「…。」
「隠すためではありません。自分で言いたかった。」
三井さんはアルバムから顔を上げることはなく、目だけでこちらをみた。
「少し長くなりますが、」
中学の頃の話をすると、三井さんは眉を顰めた。
部活引退後、激太りした私を揶揄う奴は大勢居た。キャラ的に、いじっても大丈夫というイメージがあったためだったのだとは思う。でも、祥太はそれに本気で怒った。私が傷付いていることに気付いていた。
高校に入って私たちは別々になった。顔を合わせることもない、と思っていた。高1の夏休みに入る頃私は多少ましになっていて、友達と遊んだ帰り道に、祥太と会った。偶然だった。
「そういう空気になったんです…。」
しかし、私の体を見た祥太は言葉を失った。
急激な変化に体はついてこられず、皮膚は内側から裂けた。そうでなくても、部活をやっていた頃の筋肉の発達による肉割れもあった。両方があわさった私の体は、外からは見えないところに白い筋が無数に走っていて見られたものじゃなかった。
「無理だわ、萎えた。」
痩せてもダメだった。何をしてもダメなのだと突き付けられた。
別に自分が可愛いとか性格が良いとか、そういうことを思っているわけではない。ただ、信じた言葉、楽しかった日々全てを失ったようで、ひたすら悲しかったのだ。
「私は、恋をするのをやめました。」
踏みにじられた心は助けを求めることもせず、黙ってしまった。食べることも、怖かった。拒食症というほどではないけれど、一時期は食が細くなった。
「今でも時折あるんです、一口食べるたび顔が丸くなっていくような気がして怖くなる。」
そんな時だった。同い年の神奈川に住むいとこが、通っている高校のバスケ部がインターハイに出るからこちらに来るという連絡をくれた。広島で開催なので、勝ち残っている間泊めてもらえないかというお願いだった。彼女の友人も来ると言う。
もちろん両親は二つ返事で、私は楽しみだった。いつまでも塞ぎ込む心が少し明るくなった。
「三井さんを見たのは、その時でしたね。」
心が躍った。ルールに詳しいわけでもないし、おさえるポイントもわからない。中学の時バスケ部だった晴子ちゃんがたまに解説をしてくれ、なるほどな、と思うくらい。余談だが、この晴子ちゃんというのが湘北のキャプテンの妹だという話を聞いて、遺伝子の神秘を感じた。
山王工業との試合は今でも覚えている。涙が止まらなかった。心がたくさん動いた。
バスケットボールというワードは祥太を思い出させるけれど、あの試合がそれを上書きしてくれた。バスケと聞いて思い出す映像は、その試合、死闘を繰り広げた選手たち。
「あの時、一緒に試合を観に行ってよかった。」
その後は、バスケットボールという単語も殆ど聞かなくなったから遠い昔の出来事みたいになってしまった。晴子ちゃんが連絡をくれて、桜木くんが無事にバスケを再開できるようになったことは知ったけれど、それ以来、特段連絡を取るようなこともなかった。
話し終えてひとつ息をつく。視線を感じてそちらを見ると、アルバムから顔を上げてこちらをみる三井さんの視線とかちあった。その視線は優しいものだったけど、それがなぜだか居心地悪かった。
「…見てくれはいくらかまともになったけど、中身は全然変わらない。自信のなさは、どうしてこんな自分を愛してくれるのだろう、という相手への不信感に繋がって。」
自分のせいなのに。
自分に自信がないせいなのに。
結局、本質はそう簡単に直っていかない。上手くいかない。怖い。多感な時期に傷つけられた自尊心は、拗れて曲がって歪んでそのまま成長してしまった。
運命の人なんていない。
それは呪いのようだった。
人を、本当に信じられない、愛せない、呪い。
「三井さんの気持ちにこたえるのが怖かった。でも信じて、私、三井さんのことがすき。大好き。」
重なる唇。涙は止まらなかった。
「…うん、俺も明音が好きだよ、大好きだ。」
どこまでも優しくて、包み込んでくれる体温は私を安心させてくれる。水族館で感じたあの気持ちを信じてよかった。やっぱり大丈夫だった。
「お前には、俺がいる。」
私には、あなたしかいない。
サムネイル
あの頃の思い出たちを並べて眺めても、
ただ懐かしいと思うだけになった。
あなたがいてくれるから。