*【三井】もしも運命の人が
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こんなことになるなら、
最初から知らん顔してるべきだった。
つまらない自尊心を守ったりするから。
『明音、久しぶり。わかる?中村、…祥太だけど。練習試合来てたよな!折角だし会わねえ?三井さんのこと語ろうぜ!』
本当に、中村だった。留守番電話のいかにも安っぽいその言葉に反吐が出た。しかし、最後の言葉。それが出てくるということは、三井さんと付き合っていることを知っているからだろう。
寒気がした。心が潰れそうだった。
これ以上私に何をしようというの。もう中村に囚われるのは嫌なのに、だから上京までしたのに。
「会いたくない…。」
ひとりきりの部屋にその言葉は溶けて消えていく。口止めをしなくちゃ、あの頃の自分を見られるのはいや。
…ううん、せめて、自分の口から言いたいの。とどめを刺すのは、自分の手がいい。
消してしまった連絡先。電話番号が改めて追加される。震える指先で、着信履歴から折り返す。
「…もしもし。」
「…繋がんねーな。」
メッセージを入れても返信はなく、電話をしても留守番電話の無機質な音声が流れてくるばかり。今日はバイトが15時までだと聞いている。会えないかと思って連絡をしてもつかまらない。
珍しいな。忙しいのか。
時刻は16時を過ぎたところ。そのくらいの延長はあるか。
しかし、17時を過ぎても一向に音沙汰はなく、いい加減迎えに行こうと外に出る。夏が来るな、と感慨に耽りながら熱と湿気を孕んだ空気を吸い込む。
「…あれは。」
ファミレスの窓際の席に見知った顔を見つけた。明音と、中村だった。
のこのこと誘いに乗った私は、やはり後悔をすることになった。変わらない調子で近況を話し終えたかと思ったら、ずけずけと人の事情に首を突っ込んでくる。
おかしいな。私が好きになったのは、こんな人だったっけ。
そもそもあれは、恋だったのだろうか。
友情の延長線上の感情を、恋と勘違いしていただけだったのかもしれない。
「どうやって三井さん落としたん。」
「落としたなんて言い方ないでしょ…。」
「でもあの人お前のことぶち好きじゃろ、見ててわかるわ。」
「…ふうん。」
「どこで会ったんよ。」
「中村には関係ないけえ、答える理由ないわ。」
「相変わらずはっきり言いよるなぁ。」
からからと笑う中村。この笑顔が好きだったのに今は何も感じなかった。
私たちは中学で同じクラスになって初めて顔を合わせた。すぐに意気投合してなんでも話す仲になった。思春期によくある、お前ら付き合ってるじゃろ、も、あり得んなぁ、で一蹴。しかし、気付いたら私は中村を好きになっていた。なんでも話せる友人と、先に進みたいと思うようになっていた。
私は小さい頃から通っていたスイミングスクールのお陰で人よりすこし泳ぎが得意だった。部活に入って、スクールも続けて、それなりに成績を残していた。
消費するカロリーは並じゃなく、昔からよく食べる方だとは思っていた。必要だったし。しかし部活を引退し、受験勉強のためにスクールからも離れたことで悲劇は幕を上げたのだ。
練習をやめても、食生活は残った。どんなに気を付けても、体が習慣で欲する。さらに練習がないことと受験勉強の両方のストレスで食に走った。結果は、言うまでもない。
その体たらくを目の当たりにした中村に恋心を告げれば一蹴された。当然のことと思ったけど、思っていたより傷付いた。
勘違いでも、その想いの強さは本物だった。
「素材がいいけぇ、やっぱ痩せれば可愛いんじゃん。」
「そりゃどうも。」
「素っ気ないな。」
「…三井さんに、余計なこと言わんとってや。」
「余計なこと?」
「ぶち太ってたこと。」
「あー、写真見せた。」
「…………は?」
すまんすまん、と軽く片手を立てて謝る中村を、呆然と見ることしかできなかった。
見せた?写真を?あの頃の?
「でも、今のお前がすべてじゃ!気にすることないわ。明音チャン可愛い〜。」
悪びれませず笑いながらドリンクバーのメロンソーダを吸い込む。体に悪そうな緑が減っていくのと同じように私の血の気も引いていくようだった。
「今のお前だったら抱けるわー…と思ったけど、体のあれは残っとるんやろ。」
テーブルに頬杖をついて口だけで笑った。その言葉に今度は頭に血が上る。上がったり下がったりする自分の血に目眩がしそうだった。
そうだ、高校の時、一度だけ、中村とそういうことになりそうなことが、
やだ、おもいだしたくない、
「…おい中村、お前何やってんだよ。」
その声の方を見上げると、三井さんが立っていた。中村を鋭く睨んで、静かに、威嚇するように唸った。
「み、三井さん。お疲れ様です。」
部活の流儀なのか中村はすぐに立ち上がるが、三井さんは煩わしそうに、座れ馬鹿、と言った。すると私の方に視線をうつす。
「…なんで中村と会ってんの。」
「…それは」
「俺が誘ったんすよ。久々じゃけ会おうやって。」
「お前に聞いてんじゃねえよ。」
三井さんは財布から適当なお金をテーブルに置いて私を立ち上がらせると、そのまま無言で店を出た。わたしが中村を振り返ると、中村は困ったように笑っていた。
困ってんのは、こっちだよ。
最後まで腹の立つ奴だと思った。
最後まで、どうしてあいつを好きになったのかわからなかった。
先幕シンクロ
前に進んでいるはずなのに、まるで後退していくみたい。