*【三井】もしも運命の人が
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小さなひずみ。
ゆっくりと忍び寄る。
練習試合が終われば、それに託けて飲み会。無法地帯となりそうなのを同期のキャプテンが宥め諫め最後は鉄拳。俺は静観しながら植田のことを考えていた。結局終わってから少し話せたくらいですぐに別れてしまった。
「三井さん、彼女のこと考えてるっしょ。」
「んだよ、酔ってんのか。」
この後輩って奴は本当に調子乗りで。意外と真面目なところあるし、素直なところは好感が持てるが、たまにどついてやりたくなる時もある。
「彼女さん、タメっすか?」
「あ?2個下だよ。」
「俺とタメじゃないっすか!名前は?出身は?」
「お前面倒くせーな。」
「良いじゃないっすかー!」
「… 植田だよ。」
「下の名前!」
「あー?もう… 明音!」
「… 植田、明音。」
「そーだよ、なんだよ。」
「あ、や、中学んとき同姓同名のやついたんすよね…。」
「…そういやお前も広島か。」
「お前もってことは、その明音チャンも!?」
「馴れ馴れしいんだよ、馬鹿。」
「あいた!」
するとそいつは、もしそれが本当なら、と口元に笑みを浮かべて携帯をいじり出す。
「この子っすよ!分からんかったわ!」
見せられた画像に、俺は見入ってしまった。
思い出の人のそばには、思い出したくない人が一緒にいた。
彼とは連絡を取ることもなくなったので忘却の彼方へ消し去っていたのに。
三井さんのそばで笑いながら、ちら、とこちらに寄越した視線。私のことが分かったのかどうかは分からない。だけど、私は萎縮してしまった。
その時、電話が鳴った。
「もしもし…」
『俺だけど。』
「お疲れさまです三井さん。」
『遅くに悪ぃんだけど…会えねえ?』
もうお風呂も済ませてしまってすっぴんもすっぴんだ。この顔で会うの?いやいやダメでしょさすがに…!
「あ、の、もう寝るところなので!」
『…だよなぁ。悪かった。』
「いえ、全然…。」
会いたい。
漠然とした不安にまみれたまま眠るのは嫌。
「…会いたい。」
『なんだって?』
「やっぱり、会いたいです。」
『え、大丈夫なのか?』
「…待っとるけえ、来てくれると嬉しい。」
三井さんが黙ってしまった。まずかったかな。
『…っはは、それ反則だろ。』
すぐに行くから、と言って電話が切れた。なんとなく喜んでいる風だった。
「やばくないっすか?部活引退した途端これっすよ。」
聞けば、植田は中学時代水泳部だったとか。帰宅部、ってのは高校の時の話か…。それはもうかなりの熱血で。後輩…中村は仲が良かったとか。
「どうしたらこうなるんか教えて欲しいくらいっすよ。卒業式で告られたときは冗談じゃねえと思いましたね!つい、引退前に戻ってくれよォって言っちまいましたよ〜。したら、だよねぇ〜つってお互いに爆笑しちゃって、あっはは!」
…ひとの彼女つかまえて、とかそんなことより、ここまで他人を馬鹿にできるこいつに酷くがっかりした。
「…おい中村」
「え?」
「中村、先輩呼んでる。」
宮城が俺を押し退けるようにして割って入り、顎をしゃくる。中村はウーッスと軽く返事をすると席を外した。
「三井さん、顔。」
「あー…。悪い。」
宮城はなんでこんなによく見えてんだ。頭が下がる。
戻りたくても、過去には戻れねえんだよ。
その言葉の鋭利さ、わかんねえ奴は黙ってろ。
インターホンを鳴らすと、植田が応答し、ドアを開けた。俺は中に入るとすぐにドアを閉める。そして、抱き締めた。
「え、え?」
「… 明音。」
身をこわばらせるのがわかった。体を離して、性急とは思ったが口付ける。
「み、ついさ」
「明音、好きだよ。」
「ん…っ」
合間に囁いて、何度も口付けて、その存在を確かめる。明音は抵抗しなかった。それをいいことに深く求める。ぎこちなさに口の端が上がる。やがて体を離すと、息を整えながら躊躇いがちに口を開く。
「はあ…あ、の。どうしたんですか、何かあったんですか。」
頬を染め、目を逸らす。…それいいな。かなりいい。じゃなくて。
「…んーん。」
昔のことなんてどうでもいいんだ。今のお前は、十分魅力的だよ。
酔っていたからなのだろうか。三井さんはいつもよりも少し強引で。玄関狭いし、取り敢えず部屋に入ってもらう。
「悪い。」
「ううん、大丈夫です。」
「…それ、」
「ん?」
「化粧とかしてないんだよな。」
「し、てない、です…。」
「…綺麗だよ。」
「またまたあ。」
「明音は、綺麗だ。」
どうしたんだろう、なんか変だ。本当に酔ってるだけなんだろうか。でもこちらをじっと見つめるその目は真っ直ぐで揺るぎなくて。とても酔っ払いのそれとは思えなかった。
「…あ、あの。よかったら、お風呂、使いますか。なにかあったんですよね、すっきりしないなにか…気分変えましょ、ね!」
なんだかこの雰囲気に飲まれてしまいそうで、気分を、空気を変えたいのは私の方だった。三井さんは少し考えるように視線を彷徨わせる。
「…んや、帰るわ。急にごめんな。」
「え、あ、いえ。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
ドアを閉めて鍵を掛けると、足音が遠ざかっていった。
好きだ、あの人が、好き。
心の中で反芻する。
ただ、中村の顔が何度も浮かんでは消えて、結局気持ち悪さは抜けなかった。
聞けばよかった、彼は中村ですか、と。
翌朝、知らない番号からの着信と留守番電話に打ちのめされることになるくらいなら、聞いておけばよかったんだ。
ケラレ
映り込んだ影は、じわりじわりと浸食する。