*【三井】もしも運命の人が
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たぶん、同じなんだ。
一目惚れだったとは思う。感じが良いと思ったし、口を開けば方言が飛び出して可愛らしいとも思った。2回目に会った時のインパクトもすごかった。もっと話がしたいと思って、次の約束を取り付けた。今回で確信した。俺は植田と一緒にいたいと。
「じゃあ、また。」
夕飯を済ませて、家まで送る。繋いでいた手を離した植田は玄関の鍵を開けて、ありがとうございました、と笑った。
「あー…待て。」
そのドアを掴んで、身を屈める。触れるだけのキスをして、ドアから手を離す。
「…おやすみ。」
「お、おやすみなさい…。」
どもるような返事に吹き出して、片手を上げて帰途につく。別に初めてでもないのに、なかなかどうして落ち着かない。
「びっ…くりした。」
玄関のドアをしめて施錠する。口元を手で覆って、全力疾走した後のような心拍に、眉を下げる。
恋ってすごい、こんなことになっちゃうのか。
掘り下げられたくない過去を振り返ると、私は恋とは無縁の人間だった。棚に詰め込んだ小さなアルバム。友達と楽しく笑う写真。可愛い友達と、その隣の自分。どんなに笑顔になったって、醜いものは醜くて。仲良くて大好きだった友達との写真は辛うじて残っているけど、他の写真は捨ててしまった。
「私は、私。今を生きるの。」
言い聞かせるように、呪文のように呟いた。
お互いに忙しい日々を送る私たちは、外に出掛けるよりも家で一緒に過ごすことが多くなった。大体は、私のバイトがない日に部活帰りの三井さんがうちに来て夕飯食べて帰る感じ。近況報告したり、テレビに茶々入れたり、楽しい時間を過ごしていた。こんな日が長く、ずっと続いていったらいいのに、と願って止まない。
「三井さんは、バスケどのくらいやってるんですか?」
「ミニバス…小学生ん時からだな。」
「長い!すごいなぁ。」
「まー…途中空白もあるけど。」
「へえ…」
三井さんの表情に翳りを見た気がした。なんとなく、そこはまだ踏み込んじゃいけないような。ただの言い淀みかもしれないけど。
「観てみたいな、三井さんのバスケ。」
「お、来るか?」
「え?」
「今度練習試合やるんだよ。学校自体は出入り自由だし、観に来るやつ結構居るから気兼ねなく来られると思うけど。」
「行きたい!」
思わず身を乗り出してしまう。三井さんは少し驚いていたけど、すぐに笑った。
「土曜の午後だけど、バイトは。」
「え…と…。」
手帳を開いて確認する。三井さんも同様に私の手帳を覗き込んだ。その日は13時まで。
「終わり次第行きます。」
「ん、わかった。」
手帳から顔を上げるとすぐそばに顔があって、恥ずかしいから体を引こうとすると二の腕を掴まれる。
「逃げんな。」
ゆるくカーブを描いた唇が押し付けられた。啄むようなキスに思わず押し返す。
「ちょ、ちょっと、」
「あんだよ。」
「これ以上は…その、」
「ああ、悪い。」
三井さんは微笑んで、私の頬を撫でる。この優しさにいつまで甘えていていいんだろう。いつかは、その、…これ以上のことになるんだろうか。そんなことを考えていたら三井さんが怪訝な顔で覗き込んできた。
「何考えてる。」
「え、あ、その…土曜何着て行こうかなって。」
「あはは。」
咄嗟に誤魔化したそのことばを真に受けたのか、三井さんは朗らかに笑った。好きだな、その笑顔。
何回か、その先を催促するようなキスをしたことはあるが尽く止められる。察しの悪い俺でもなんとなくわかった。急ぐ事でもないし無理矢理なんて絶対に嫌だ。植田のペースでいいと思ってはいるが体は正直で、懲りもせずつい欲しがってしまう。
「三井さん!」
「おう、おつかれ植田。」
バイトを終えて急いで来たらしい。乱れた髪を少し気にする仕草もなかなかいい。いや、かなりいい。
「校門までわざわざ…大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、まだ始まってねーから。」
体育館のある棟まで行く道すがら他愛のない話をして、笑い合う。
「じゃ、俺行くわ。」
「はい、頑張って下さい!」
探しに来たのか、後輩が呼んでいる。悪い、と声を掛けて走って行く途中、植田を振り返る。笑ってはいたが、何か違和感があった。
「彼女っすか。」
「おう、そんなとこ。」
「三井さん彼女連れて来てっぞー!」
「黙れ馬鹿。」
軽い調子の後輩の頭を軽くはたく。そばにいた宮城が溜息をひとつ。
「三井さんにボール回したくないなー。」
「バカヤロ、がんがん回せ、今日の俺は絶好調だぞ。」
「ほんと調子に乗らないで欲しい。」
「オメーなぁ…。」
僻んでんじゃねーよ。
確かに俺は、空白の時間迷走し、彷徨った。行き場のない自身、やり場のない気持ち。なにもかも壊してしまいたい衝動に駆られたあの時。俺を信じてくれたのは、俺じゃなくて尊敬する恩師と、仲間たち。
なあ植田。
お前にも、苦しんだ過去があるんだろ。
分かるよ、俺も同じだから。
いつか、そう言ってやれたらいいのに。
キャットウォークからこちらを見下ろすその笑顔に手を振った。大丈夫、お前には、俺がいる。
ハイライト
今お前の目に映る俺は
俺という人間の明るい部分、
たったの一部なんだよ。