*【仙道】ハッピーエンドの欠片(高校編)
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当たり前だが、翌日も部活はあった。
「うう……。」
「高辻悪い、大丈夫か!?」
試合形式の練習中、相手の男の先輩の突きが外れ、一瞬息が止まるのが分かった。突きの力と自身の推進力で頭が後ろに倒れるのを感じ、やばい、と、咄嗟に顎を引いて受け身を取る。
駆け寄る先輩に佐和は咳き込みながら「大丈夫です。」と短く告げる。
(昨日から調子よくねーな…。)
部活が終わり、片付けをしていると「佐和!」と顧問が大きな声で呼んだ。
(この期に及んで説教かよ〜。)
うんざり、と表情に出さないようにしながらキレよく返事をし、顧問の元に走る。隣に座っていた同期に先に帰るよう告げるのは忘れない。
「怪我はないか。」
「ありません。」
話はそこから始まり、悪い所、良い所の指摘があり、最後に、
「稽古量は問題ないか。」
と問われた。佐和はきょとんとしたが、
「ありません。」
と答える。鬼軍曹は急にくつくつと笑い出すと
「お前はそういうんだよなぁ。」
と、なおも笑った。佐和はその状況に目を丸くしていた。しかし軍曹はすぐに笑いを収めると、
「俺は佐和を男子と同じように稽古させてる。でもお前は女子だ。体力的にキツいと感じたらすぐに言え。お前がサボる奴だとは思っていないから、そこはきちんと考慮する。」
佐和はその言葉に、昨日の眠気ことを思い出す。そして、その後の仙道とのやりとりまで。
「わ、わかりました。ありがとうございます、失礼します!」
矢継ぎ早に挨拶をすると、そそくさとその場を離れた。
帰り支度を済ませ、部室から出て武道場を一度経由すると、
「高辻、これから帰るの?」
突きを外した男の先輩である、主将が武道場に居た。
「先輩こそ、まだ居たんですか?」
「お前待ってたの。」
「はぁ。」
佐和は、にこにこと笑う先輩の言葉の意図を測りかねていた。
仙道が武道場の入り口あたりに差し掛かると、佐和の他に男の声が聞こえ、眉をひそめる。
「今日ごめんな、大丈夫だったか?」
「大丈夫です、こんなんよくあることですよ。」
首のあたりを佐和が自分の手で撫でて手を下ろすと、不意に主将がそこに手を伸ばす。
(おいっ……)
仙道は声を出しそうになったが、佐和が自然に、胸のあたりまで上げていたウインドブレーカーのファスナーを首まで上げ、その手をやんわり避けたのに驚いた。
主将は行き場のなくなった手を自身の首の後ろにやって「そーだな」と笑った。
「じゃ、また明日な。」
「はい、お疲れ様でした。」
仙道はあたかも今来たかのように、武道場から出てくる主将に挨拶する。主将も何事もなかったように「おつかれ。」と手を上げて去って行った。
(なんだったんだ今の…。)
上げていたファスナーを元の高さまで下ろし、佐和は息をつく。自分でもどうしてそうしたのかは分からなかったが、体は勝手にそう反応した。
「……高辻?」
「あ、仙道…。」
おつかれ、といつも通り笑う仙道に、佐和もおつかれ、と返した。
「そっち、行っても大丈夫?」
どきん、と心臓が跳ねた。
佐和は少し躊躇いながらも「いいよ。」と答えた。
靴を脱いで上がり、鞄を置いて近づいてくる仙道に落ち着かない自分がいた。そして目の前に立った仙道はじっと佐和を見下ろしてくるのでさらに居心地が悪い。
「な、なに…?」
「また増えてる。」
少し不機嫌そうな、やや歪んだような笑顔で首のあたりを指さされ、佐和は「ああ、」と今日あったことを話した。
「だからか……。」
「ん?」
「こっちの話。」
唐突に、仙道の手が佐和の首の擦過傷を撫でた。
「!」
「痛い?」
佐和は少し俯き「すこしだけ。」と答えた。
(避けない…。)
「ねえ、佐和、」
「俺、昨日、佐和のこと好きだって言ったの、覚えてる?」
少し間があって、佐和は頷いた。
「返事、聞いてもいい?」
佐和は体を小さく震わせたが、「さっき、」と小さな声で話し始める。
「先輩が同じように手を伸ばしてきたんだ。」
(知ってるよ。みてたから。)
「その時、その手はどうも受け付けなくて、」
「避けたんだ。」
佐和は、自身の首に触れている仙道の手に自分の手を重ねる。
「でも、仙道の手は大丈夫なんだ。寧ろ、ここにあって、落ち着く。」
俯いていた顔を上げた佐和の表情は昨日と同様に、頬は赤く染まり、目に少しの涙を溜めている。
その表情に、仙道は目を逸らせなかった。
「……それが答えなのかな。」
それが言い終わるか終わらないかの刹那に、仙道は佐和を抱きすくめる。
「ちょ、ちょっとせんど……苦しい……っ!」
「やだ、ちょっと我慢して。」
その仙道の表情は、こぼれんばかりの笑顔だった。
佐和は手を仙道の背中に回し、宥めるように撫でた。
「うう…お願い、ほんとに苦しい…!」
「ごめんごめん。痛かった?」
仙道は佐和の肩に手を置き、慌てて顔を覗き込む。
「もう大丈夫だよ。」
困ったように笑う佐和の唇に、仙道はちゅ、と軽く口付けた。そして、
「佐和、大好きだよ。」
そう言って、へら、と笑った。