*【仙道】ハッピーエンドの欠片(高校編)
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その時は、案外すぐにやって来た。
師走の寒さ増す土曜の部活終わり。
いつにも増して稽古量が多く、疲労感も大きかった。佐和は着替えると、その姿に同級生が驚く。
「佐和が部活に制服着て来てる。」
「あー…うん、朝ちょっと不慮の事故があって。」
「なに、どしたの。」
「朝から眠くてさ、家出る前にエナジードリンク飲んでたら、甥っ子がぶつかって来て。」
お陰で前がべちゃべちゃさ。と両手を上げて溜息をついたら、同級生は笑っていた。
「最近佐和はやたらしぼられてるもんねぇ。それにしても不運だったね。」
12月入ってから般若が妙に厳しいよ、なんて言いながら部室を後にした。
一緒に武道場を出てしばらく歩いていたが「あ!」と佐和は何かに気づく。
「ごめん、忘れ物したから先帰って。」
「わかったー。佐和また明日ね〜。」
バイバイ、と手を振り合うと、佐和は小走りに武道場へ引き返した。
「あったあった。」
佐和は金曜に部室に置いていた教科書を鞄に詰める。そして立ち上がってみたら急に眠気に襲われる。
(なんだこれ、眠すぎて倒れそうだ。)
少し休んでから帰ろうかな、と武道場に鞄を置き、それを枕に少し横になることにした。
(武道場開いてる。)
仙道は入り口から中を覗いた。中には制服を着た女子生徒が1人横たわっている。見間違えたりしない、確かにそれは。
「高辻?」
しかし動く様子はない。
仙道は靴を脱いで上がると、鞄を置き、佐和に近寄る。顔を覗き込み、寝ているだけだと分かると安堵したが、すぐに眉をひそめる。
「こんな格好で寝てんなよ…。」
羽織っていたジャージを掛けてやると辺りを見回す。
(悪い虫はなし、と。)
「……いや、俺か。」
どのくらい寝ていただろうか。
佐和は目を覚ますと「わぁ!」と言って跳ね起きた。
「あれ、今何時、ここどこ、え、上着、せ、ん、ど…?ん?」
プチパニックに陥っていた佐和だったが、すぐ隣から聞こえる笑い声に我に返る。
「佐和ちゃん。」
「ダメだよ、こんな所で寝てちゃ。」
雑誌を読んでいたらしい仙道は、胡座をかいていた膝に頬杖をつきながらニコニコと佐和の方を見た。
(あ……。)
その声に、表情に、佐和は一瞬呼吸を忘れた。
(どうして今まで、平気でいられたんだ。)
この男の側にいて、笑顔を向けられて、触れられて、その声で名前を呼ばれて、どうして自分は普通にしていられたのか。
そんな思考が頭を巡って止まらない。
佐和は目を泳がせながら視線を落とすと、上着が目に入った。SENDOH、とアルファベットで刺繍されたそれは紛うことなく彼の物で。
微かに香る彼の香りに眩暈がした。
(何これ、おかしい。)
くしゃ、と髪の毛を握ると、仙道が怪訝な顔で覗き込んでくる。
「大丈夫?調子悪いのかい?」
佐和の表情に、仙道が驚く。
その仙道をみて佐和も驚き、口を開く。
「ごめん、私変な顔してる、ちょっと顔洗ってくる!」
「待って、行かないで。」
立ち上がろうとした佐和の腕を引き、座らせる。
「どうしてそんな顔してるの。」
佐和は頬を赤く染め、目には涙を溜めていた。その表情の意味を知らない仙道ではない。
(少し意地が悪いかな…。)
上着を握りしめている佐和の手は震えている。そして俯いたまま黙っていた。
(これが、由佳さんの言ってたことなのかな…。)
仙道が苦笑すると、震える手に自身の手を重ねた。
「佐和、」
「好きだよ。」
その言葉に佐和は顔を上げ、目をまん丸にしていた。
(そんなに開いちゃ戻んなくなっちゃうよ。)
口には出さなかったが、佐和の表情が少し可笑しくて笑ってしまった。
「まだ残ってるのか?」
外からの声に2人の手は離れる。
武道場を覗き込んできたのは剣道部の顧問だった。
「お疲れ様です。すみません、高辻さん調子悪そうだったので休ませてました。」
「なんだ佐和、稽古キツかったか。」
「あ、いえ、そうですけどそんなことないです…。」
どういう返事だ、と笑った顧問は、気をつけて帰れよ、と去って行った。
少し間をおいて2人は顔を見合わせると
「帰ろっか。」
と、どちらともなく微笑んで立ち上がり、武道場を後にした。