*【岸本】Courage et fierté
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この後悔は消えない。
麻衣はそれに触れ、包み込んでくれた。
それだけで、俺の心はうんと軽くなった。
手の中に希望を携えて、いくらか高くなった空を見上げる。もうすぐ麻衣と出会って1年が経つ。あれは寒い日だった。そういえば最近はめっきり涼しくなったな。
季節は巡る。人の関係も、心も移りゆく。そういえば先月の楠さんと大高さんの話にはたまげたな。いつの間に付き合うててん。もうすぐ籍入れるとか。まあ、あの2人ならええんちゃうん。
「実理さん、お疲れ様です。」
「おう。」
麻衣の最低限の荷物を車に積む。がらんどうになった部屋を見渡し、息をつく。
「短かったなぁ。」
「半年くらいか?」
「そうですね、3月の終わり頃に越してきて、7ヶ月は経ってません。」
「違約金とかかかるんちゃう?」
「まあ、大家さんおばちゃんのお友達なんで。」
引越し業者に荷物を頼んで、明日新居に着くことになっている。俺が先に住んでいるから生活するのに必要なものは最低限揃っている。なにも問題はない。
車に乗り込む。発進させて、新居に向かう途中で少し寄り道をした。
「ここは?」
「ここな、むかーし南たちと作戦会議しててん。」
「へ?」
芝生に腰を下ろし、立てた膝に頬杖をつく。
「新しい監督の言うこと聞くな、とか、北野さんのこと馬鹿にしてんで、なんて。」
「…それ」
「ほんっまにガキやったなぁ。」
頭の後ろに手を組んで芝生に転がる。麻衣は傍に座った。
「でも、譲れないことだったんですよね。」
「…そうやな。」
「子供にも、矜恃はあります。私だって、あったもの。」
「初耳やな。」
「私、すごく勝ちに拘ってた。自分さえ活躍すれば勝てると思ってた。試合に負けたら意味ないって。」
麻衣は険しく眉間にしわを寄せ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「負けたけど、賞をもらいました。仲間たちは祝福してくれたけど、負けたことがとにかく悔しくて無味無臭で。私怪我したのに、そのせいでみんなに迷惑かけたのに、喜んでくれたのが意味わかんなかった…。」
涙目になり、声は震えていた。
「でもその時気がついたの。大事なのは勝ちじゃなくて過ごした日々だって。みんなとやってきた時間がすごく尊いものだったって、やっと気付いて…っ。」
俺の肩に顔を埋めた。その頭をなでてやる。
「確かに実理さんたちはやり方を間違えたかもしれません。でも、みんなでバスケした日々は楽しかったでしょ。」
「…そーやな。」
「それが誇り、後悔も全部。私たちはそれを持って、これからを生きていくの。」
涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる。
「それがなかったら、私たちは出会わなかった。」
…本当に、こいつは。
「麻衣。」
体を起こして、ポケットに手を入れる。
「…急ぎ過ぎかもしれへんのやけど。」
中から取り出した小箱をあける。俺の精一杯の誠意。そして、
「これからも、俺のそばにおってくれ。…ずっとや。」
勇気と誇りを、お前に。
「…っはい、はい、私もずっと、一緒にいたいです。」
箱を持った俺の手に自身の手を添え、何度も頷いた。
しかしこの現場をオカンがみていたとはな。ホンマ場所を考えるべきやったわ。
「遅刻する!!!」
「騒がしいな…。」
「誰のせいだと思ってるんですか!全然起きないんだから!」
「悪うござんした。」
「悪いと思ってないな…!なんでそんな余裕なんですか!」
「俺にはフレックスっちゅー手があんねん。」
「時差勤!?ちくしょー営業め!」
「はは。麻衣、時間ええんか?」
「あかん!!」
どたばたとけたたましい音を立てながら麻衣は荷物を確認して、身なりを整える。ええなぁ、こういうの。
「忘れもんすなよ。」
「せん!!も〜…じゃあ私行きますね!」
「おん、気を付けてな。」
「二度寝したらダメですよ。」
「せんわ。…ん。」
「…せんわ。」
「生意気な。」
口を尖らせてみたが、ぷい、と顔を背けるので頬を片手で掴んで無理やり口付けてやる。リップが剥げる!との抗議は無視。
「髭がいたい!剃って!」
「遅刻。」
「だー!もう!行ってきます!」
「おお、行ってこい。鍵もったか。」
「持った!…うそ、忘れてた。」
「アホやな。」
慌てて鍵を鞄にしまうと、じゃ、と片手を上げて麻衣は出て行く。剥げたリップを隠すようにマスクをつけるところなんか可愛いやん。
「さて…支度するか。」
髭を剃りながら鏡を眺める。少し表情が明るくなったかもしれんな、なんて自惚れながら頬を撫でる。顔を洗って麻衣が用意していった朝食を頬張る。社会人になって家で朝飯食うのも麻衣と住むようになってから。いつもはテキトーにコンビニで調達してデスクで食ってた。
「…あー、幸せやなこれ。」
明日はちゃんと早起きして麻衣と一緒に食うようにしよ。そしたらもっと幸せやな。
Courage et fierté
俺は俺を作り上げてきたすべてを誇りに思う。
その勇気をくれたのはほかでもない、お前。
fin.
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2020.1.15〜2020.2.29