*【岸本】Courage et fierté
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言われなきゃわからない。
察してやりたいけど、そこまで器用じゃない。
練習の帰りに昼飯食って、家に帰る道すがら他愛のない会話をする。予定とか、そういうの。
「大学の、OB会?」
「おん。OB会の打ち合わせやな。飲むけど。」
「飲むのメインですよね…。」
「なんか言ったか。」
「いーえ、なんにも。」
秋に大学バスケ部のOB会があるのだが、今回は自分らの学年が幹事。昼間にバスケして夜は飲み会。毎回その流れだが、日時の設定、場所の手配、出席者の取りまとめなどやることはまあまあ多い。で、その打ち合わせの飲み会を今度の土曜にやるっちゅーわけで。
「麻衣、うち来るやろ。」
「でもそういうことなら自分の家に…」
「それならそれでもええけど、」
「あ、やっぱ、待ってます。」
「ん、じゃあ仕事終わる頃迎えに行くな。夜は先寝とったらええから。」
「うん。あ、はい。」
「ええって、気にせんでも。」
「そういうわけには」
「対等やろ、ええねん。」
助手席に座る麻衣は、うーん、などと唸っていたが、善処します、とやや険しい表情で言った。そのうち慣れればええわ。
「あの、今日いらっしゃってた後輩さん…。」
「ああ。マネージャーらしいで。確かに楠さん1人で色々やってくれてたからな。負担減って良かったんちゃうん。」
「…そうですね。」
「なんか気になるんか。」
「別に…。」
「歯切れ悪いな、なんやねん。」
「大丈夫なの!」
「はあ?なんで半ギレなん。」
「そういうんじゃないですって。純粋に疑問だっただけ。」
「ほーん。すっきりしたんか。」
「それはもうすっきりスカッといい気分です。」
「…。」
変なやつ。
絶対なんか隠しとる。でもその後はいつもと変わらない様子だった。言いたくなったら言うやろか。
翌週、打ち合わせもそこそこに久し振りの同期会は盛り上がり、学生気分でしこたま酒を浴び、マネージャーに叱られるというなんとも懐かしい展開となった。一軒目の途中でマネージャーは旦那が迎えに来て帰り、俺らは再会を懐かしんでその後も少し飲んでいた。…少しだったかどうかは…自信あらへんけど…。
「岸本ォ、お前次行かへんのかぁ。」
「行かへん、帰る。」
「付き合い悪いで〜。」
「お前らの元気についていけへんわぁ。程々にせえよ。」
「彼女でも待っとるんやろ〜。今度紹介せえ。」
「アホか。ほなな。」
タクシーに乗ったものの、酔いを覚ますために途中で降りて歩く。夜も暑い。昼間に比べればうんとマシだが、昔に比べたら随分暑くなったんちゃうんか。
「…ただいま。」
一応、呟いてみる。よく考えると、この家に住み始めてからこの台詞を言ったのは初めてだ。
「お、おかえりなさい。」
顔を出す麻衣。遠慮がちにそう言って俺を迎えた。こちらに寄ってくる。既に日付はかわっているのに、まだ起きていた。…待っとってくれたんか。
「…おおきに。」
「え?」
「風呂、入るわ。匂うやろ。」
「居酒屋って感じします。ふふ。」
「せやろな。すまん。」
「ううん。ごゆっくり。」
微笑む姿に心臓が跳ね回る。感情の沸点が下がっとんな、まずいまずい。
風呂から上がると、バスケ雑誌を読みながら船を漕ぐ麻衣がいた。半袖よりやや短い長さの袖口から伸びるしなやかな腕、ハーフパンツが少しめくれて膝から上、太腿あたりまで露わになった脚、職業柄常に短くしている爪は形良く整えられていて、伏せられたまつ毛は思っていたより長い。よくもまあこんな無防備でいてくれたもんや。誘っとんか。
「麻衣。」
「っはい!」
名前を呼べば目を覚まし、慌てて返事をする。少し上擦った声も悪くない。照れた様子で雑誌を閉じ、勝手に読んでごめんなさい、と謝る。
「別に好きにしたらええわ。何読んどってん。」
「あ、ほら、沢北さんが記事になってて。」
「…ホンマやな。」
ちり、と胸が焦げたような感じがした。そこで漸く思い至る、麻衣も、同じ気持ちになっとったんか。
わざわざ開いて見せてくれたそのページを閉じて、噛み付くように唇を重ねる。驚いた麻衣は押し返して抗議の声を上げる。
「いきなり何するんですか!」
「なにって、キスやけど。」
「そうだけど!雑誌しまいます。はい、こっち。」
「ええねん、その辺置いとけ。」
そう言って雑誌をラックの方へ押しやる。麻衣は首を傾げる。
「どうかしたんですか。」
「さあな、当ててみ。」
「いっ、」
鎖骨にひとつ痕をつけ、シャツの下に手を入れる。麻衣は体を強張らせ、抵抗する。
「実理さんなんか、変っ…あ」
「麻衣が誘っとんねん。」
「誘ってなんか、」
「じゃあ俺やな。昂っとる。」
「やだ…っ」
「もっとに聞こえんで。」
俺は笑いながら、顔を背けて逃げようとする麻衣の唇を追いかける。面白い程扇情的な声をあげ、ますます俺を掻き立てる。
「実理さ」
「…何回でも言うで。俺は麻衣しか見えてへんねん。」
「わかってますって…!」
「せやから変な勘繰りすな。俺はなにがあってもなびかへん。」
「な、なに言って」
「後輩みて嫉妬でもしたんかと思ったんやけど、ちゃうんか。」
その言葉に目を見開く。やっぱそうなんや。可愛いとこあるやん。
「はは。」
「笑わないでよ!」
「お前のことちゃうねん。俺かて、沢北さん沢北さん言うお前に腹立ててたんやなぁと思ったらおかしくなってん。」
「え、は?」
「お互いさまやんけ、盛り上がろうや。」
「酔ってる…岸本さん酔ってますよ!」
「ああ?なんやて?」
「だから岸本さん酔っ」
悪いか。もう黙っとけ。
口で言うより体の方が反応は速く、自らの唇で塞いでしまう。いつもより執拗に追いかけ、制止の声も聞こえないふり。全部俺を煽るだけなのに、それを知ってか知らずか抗おうとする。その様が愛おしくて、何度だって囁かずにはいられない。
「麻衣、…愛してる。」
もう一緒に住もうや、いい加減返事聞かせてくれや。返事をすることもままならないほど攻め立てておきながら何度も問いかける。ぎゅう、と背中に回された指先に力がこもる。小さく頷いたその頭に口付けて、
さあ、もう1ラウンドついてこいよ。
嬉しくてかなわんわ。
呪いのような、言祝ぎ。
短絡的で単純過ぎる自分の感情に、
今はただただ感謝している。