*【岸本】Courage et fierté
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
どうするのが正しいんだろう。
自分の気持ちに、従ってしまっていいのかな。
「あれ、黒川リハビリ?」
「研修みたいなもん…かな?」
仕事着ではなく、動きやすい服装でおじさ…じゃなくて、先輩たちと話し合っていると、MRI室から出てきた春岡くんが首を傾げる。
「中程度のスポーツは出来るんだけど、それより少し先を目指してみようと思って。」
「は?選手かなんか目指すんか?遅くね?」
「違うよ。ただバスケやりたくなって…うぐ、」
急に負荷がかかって変な声を出すと、先輩たちが笑っていた。もう!危ないよ!
「麻衣ちゃん、恋でもしてんじゃないの?」
「それ、セクハラっす。」
「春岡じゃ無理だわな。ほら、お前はとっとといけや。」
「行きますよ、行きます。」
笑いながら春岡くんはリハ室を後にした。おじさんたち鋭いよ…。
「で?バスケットマンにでも恋したんか?」
好奇心に輝く瞳がこちらを真っ直ぐに見つめていた。…ほんと、セクハラで訴えてやろうかな。リハビリを受けていた大高さんがこちらを見て、俺?とか笑ってるから、違います、と笑顔で返しておいた。おじさんたちは大爆笑だった。
もとい、先輩。
「黒川、今日電車なん?荷物も多い…。」
春岡くんが駆けてくる。今日は、実理さんの部活の練習を観に行く約束をしていた。今回は人数が少ないらしく、少しボール触らせてもらえるかも知れなくて。だから、バッシュとか着替えとか持ってきたらいつもより荷物が大きくなってしまった。夏でよかった、服が嵩張らないから。
「持つで。」
「大丈夫、気にしないで。」
「俺も久々にやりたなるな。羨ましいわ。」
春岡くんも高校まではバスケをやっていたらしい。大学には部活がなく、サークルで楽しんでいたみたい。
「じゃ、私こっちだから。」
「おう、気い付けていけよ。おつかれ。」
「うん、春岡くんも気をつけて。おつかれさま。」
最寄りの駅から体育館までの道はそんなに長くないしわかりやすい。
もうすぐもうすぐ、とわくわくする気持ちを抑えながら歩いていると、突然声を掛けられ、反射的に振り返る。しかし、明らかに言語圏が違って硬直してしまった。相手は困っているみたいで、どうも道を尋ねてきているようだった。英語はからきしの三級品。ちょっと待って、何て言っ
「(私でよろしければ伺いますが。)」
実理さんの声だった。見上げたその表情は明るく、相手も安心したみたい。英語出来るなんて知らなかった。
呆ける私を置き去りに会話は進み、にこやかに別れた。岸本さんはこちらを見て首を傾げる。
「おもろい顔すな。」
「ひ、ひど。」
「遅いから様子見に来てん。なにやっとんや。」
「ぺらぺら…。」
「あ?ああ…高校の時海外遠征あったしな。仕事でも多少は使うで。」
「まじか。」
「おう。」
「あ、すみません、つい、」
「なんでもええから、行くで。」
私の荷物を持ち上げて、指を絡める。かっこいいんだけど、すこし距離を感じてしまう。彼は本当に私で良いのだろうか。ぽんこつにもほどがある。溜息をひとつ。
「なんか余計なこと考えとるやろ。」
「そんなことないです。」
「嘘が下手。」
「また言われた…。」
「吐かせるで。」
「やめて下さい。」
くつくつと笑いながら歩く横顔を見上げて、私はまたひとつ溜息をついた。
アリーナに入ると楠さんと大高さん、それに加えて2人いるくらい。あと、以前会った、後輩さん。
「麻衣ー!久し振りやなぁ。岸本くんから聞いててん。怪我せんようにだけ気をつけてくれれば遊んでてええで。」
「お久し振りです、ありがとうございます。」
「麻衣ちゃんのプレーが見られるんか!楽しみやなぁ。今日も、頑張ってたもんな。」
「仕事のこと?」
「ちゃうちゃう、リハビリ。」
「え!?麻衣、悪なっとん!?」
「違います、その、こういう時のために…。」
「あーあー、そういうことな!思う存っ分やんな!」
「あ…はい…。」
大高さんと楠さんのテンションに圧倒されつつ、バッシュを履く。ミニバスの子供たちと遊んだ時以来だな、やっぱこの感触いいなぁ。そんなことを噛み締めながら、軽く体を伸ばす。リハビリしてきたし、体はほぼ仕上がってる。立ち上がって、軽く跳ねてみる。うんうん、いいぞ、かなりいい!早くボール触りたい!
「麻衣、」
実理さんの声の方を見る。ボールが放られ、キャッチする。
「ボール触りたい、って顔してんで。」
「エスパーですか?」
高揚する気持ちが止まらない。この感触いいなぁ。軽く手の中で弄んで、突いて、噛み締める。
「あっち、使って大丈夫ですか?」
「うん、ええよ。」
楠さんがにこにこと笑いながら頷く。空いているゴールの方へ駆け出して軽くレイアップ。ネットをくぐる音が気持ちいい。
「おー、ええやん。」
実理さんの笑い声に、手を振ってこたえる。ボールを拾ってそちらへ歩み寄ると、笑っていた実理さんが徐に駆けてくる。
「ちょっと!」
「相手になったるで。」
「いきなり岸本さんはむり!」
「言うとる割には楽しそうやん。」
ボールを奪いにくるその腕をかわし、気が付けば1on1の型になる。
「抜いてみ。」
「ふふ、止めてみ。」
「お、強気やん。」
人目も憚らず私たちは溢れる情熱のままバスケに興じる。心地よい緊張感、奪い合う一瞬、まるであの頃に戻ったみたい。
「お、」
フローターで実理さんを越えてゴールを狙う。
「うわ、わ!」
流石に多少錆がきていて、ボールはリングにあたってこぼれ落ちる。
「っにやっとんねん…。」
「すみません…。」
なまった体幹では空中でバランスを取りきれず、相手を巻き込んで無様に不時着した。
「変なとこないか。」
「大丈夫です。」
「膝は。」
「問題なし。」
「なら、ええ。」
実理さんが笑いながら、大きな両手で私の頭をかき混ぜた。先に立ち上がると、その両手で私の手を引き、立ち上がらせる。そこで漸く気づいた、みんな見てる。
「え、なんなん、いまの、なんなん。岸本くん、どうなっとん、麻衣とはいったいどういう、」
楠さんが目を白黒させ、交互に指差す。大高さんも他の部員の方も、後輩さんも、みんな呆けてる。
「付き合うてますけど。」
しん、と静まりかえった体育館に実理さんの声が響いた。変な沈黙が降り注いだ。それを気にせず実理さんは片手でボールを拾って、練習せえへんのですか、とか言ってた。この人、思ってた以上に大物。
鷹揚な様に、目が眩む。
このくらい堂々としてた方がいいのだろうか。
あと、後輩さんの視線が痛かった。
…やっぱそうなんじゃん。