*【岸本】Courage et fierté
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根本的な問題は解決していない。
南が同棲を選んだ理由が分かった気がする。
今夜は大学時代の同期との飲み会や言うてた。金曜の夜、羽目を外すにはもってこい。麻衣はそういうタイプではないし、どちらかというと世話を焼く方なのが追いコンの時の様子から窺えたのでそこは心配ではない。
心配ではないが……やっぱり、迎えに行ったほうがいいのか。
「…くそ。」
悶々としているのは性に合わない。メッセージを入れておくか。返せる時に返してくれればええ。
と、思ったのが2時間前。日付は変わっている、返信がくる様子はない。どういうこっちゃ。
「…っやねん、びびるわ。」
突然のバイブ音に体も震える。麻衣の名前が画面に表示され、慌てて出る。
『もしもし…』
「おう、おつかれ。…酔うてんな、声が違うぞ。」
『えっ…あ、はい…。』
「どこやねん。迎えに行くわ。」
『あの…ごめんなさい。』
「は?なに謝ってんねん。」
『いっぱいのんじゃって…。』
「わかるわかる、声でわかるから。」
『ごめんなさい…。』
酔っ払い特有の、同じことを繰り返すアレ。返信がなかったこと、時間が遅いこと、…誰と飲んでいるのか詳しいことまではわからなかったこと、心配だったこと。全部がないまぜになって苛立ってしまう。
「…もう謝らんでええわ。」
『え、あ、ごめんなさ』
「ええから、どこか言え!」
『おうち…』
「はあ!?」
『いま、岸本さんのおうちのエントランスまで来ました…。』
驚いて立ち上がり、鍵を開ける。サンダルをつっかけてドアを開けて、エレベーターの方へ歩き出すと麻衣が姿を現した。
「あ…!きし…実理さん。」
「麻衣…。」
ほっとした。少しふらついてはいるが調子は良さそうだ。ただ。
「会えてよかった…」
「お、おお。」
急に抱きつかれて、手のやり場に困ってしまった。え?は?なんや、なにがどうした。
「取り敢えず中入れ…外じゃなんやし。」
苛ついていたのも腹が立っていたのも吹き飛んでしまった。なに、なんやこれ、待て待て、お前こんな積極的なんか、大歓迎やぞ、って、ちゃうちゃう、ちゃうねんアホ。
ドアを閉めて施錠して、麻衣はサンダルを脱いで遠慮がちにすみに揃える。
「ごめんなさい、急に来て…。」
「ええねん、無事なら。でも心配やから返信くれや。」
「…ごめんなさ」
「まーええから。風呂。」
「はい。」
やや乱暴に頭をかきまぜると、嬉しそうに笑った。…外でも、そんな顔しとったんか。そう思うと、焦燥のような苛立ちが生まれる。あーまたや、嫉妬や。
風呂からあがってくると、雑誌を読んでいた俺の隣に座る。いつもより距離が近い。俺は誤魔化すようにページを繰る。
「水、飲むか。」
「はい。」
立ち上がろうとするのを制して、俺が立ち上がる。
「座ってろ。」
ミネラルウォーターとグラスをテーブルに置き、注いで渡してやると素直に受け取る。ごくごくと小さく鳴らす喉の音に体が反応する。
横目で見遣る。ふう、と小さく息をつくその仕草さえ今日は艶かしく映る。しこたま酒が入るとそうなのか、知らなかった。…それを、どこの馬の骨とも知れない男に見られたのかと思うとまた腹が立ってくる。…そもそも、男はおったんか。
「楽しかったんです。」
「おう。」
「楽しくて、楽しくて、…寂しくなって。」
俺の方へしなだれ掛かってきた。水で濡れた唇に吸い寄せられそうなのを堪える。
「会いたく…なって。それで、来てしまって。」
「…おう、それは光栄やな。」
「でも、私以外の女のひと来てたらどうしようって。」
「はあ?」
「ええ?」
「アホなん?そういう想像に行き着くか?」
「そんなんわからんやん、友達がそういうのにかちあったって言ってたから急に不安になって!実理さんはそんなことしやん人やと思っとるけど!絶対大丈夫やと思っとるけど!」
最後の方は泣きながら捲し立てるその様に頭を抱える。なんや、そういうことか。
「その子のその彼氏も歳上やったし…そんなことするようなひとじゃないって思える人やったから、」
「もうええわ。」
涙を親指で拭ってやり、口付ける。そのまま引き寄せて抱きしめる。
「そんなことせえへんし、あり得へんし、お前以外見えてへんねん。信用しろや。」
「してる…けど、たまには不安にもなる。」
「せやな、俺もやねん。」
「ええ?」
「なるわ。返信あらへんし、飲みの場に男おるんちゃうかとか、そいつが手を出さへんかとか、想像し始めたらキリないで。」
「ありえないのに。」
「お互い様やんけ。」
「本当だ。」
「男おったんか。」
「おった。」
「…。」
「でも、なんもないから。」
「それ、信用すると思っとるんか。」
体を離し、膝に座るよう促すと素直に跨る。体を密着させ、キスを要求してみる。乗ってくるか、どうやねん。
「すき…」
小さく呟くのが聞こえ、重なる唇。あちらから舌で唇をつつくのがわかったので軽く開いて口内へ誘う。遠慮がちに舌を絡めに来るが少し焦らしてやる。
「ん、」
小さく漏れる声が俺の鼓膜をくすぐる。俺も大概堪え性がないな。応じるように絡め合えば、麻衣が俺のシャツの下に手を入れてくる。待て、待て!
「どないした。」
「私、実理さんの体すき。筋肉のつき方、しなやかな伸び、本当は隅々まで触らせて欲しい。」
「は、え」
「施術台くらい固くないとうまく診れないなぁ…。」
「…。」
…そうか、そういうオチな。
「麻衣、お前は俺を怒らせた。」
「ええ?」
「今夜は寝かさへんぞ、わかっとるか。」
「それはこま」
困っとれ、アホ。
愛しい、その言葉では足りなくて。
酔いが覚めた頃に聞いてみるか。
一緒に住むかどうか。
もしくは、…まあ、それはもう少し先か。