*【岸本】Courage et fierté
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こうしてこの人に溺れていく。
彼なしでは、生きられなくなる。
「ありがとうございました。」
アパートに到着し、シートベルトを外す。岸本さんも車を降りようとするので首を傾げる。
「何つう顔やねんそれ。」
「え、いや、だってもうここで、」
「アホか。ちゃんと部屋まで送る。」
「いいですって。」
「ええから、はよせえ。」
言うが早いか降りてしまうので慌ててドアを開けて私も降りる。手を差し伸べられたのに躊躇っていたら、やや乱暴に指が絡められる。だめだこれ、心臓が壊れそう。
郵便受けの前に人影があった。他の入居者さんかな、と思って見たら、その人が手を伸ばした先は。
「…そこ、違いますよ。」
私の郵便受け。
「…は?」
岸本さんが私の方を見下ろした時、その人影、男性が振り返り私を押し退けるようにして横をすり抜けて行った。バランスを崩した私は岸本さんの方へ倒れ込む。
「っにすんねんダボが!!」
この上ない怒気を含んだ岸本さんの声に体が竦む。私の体を支える力が強くてさらに恐怖を助長した。この人、こんな声を出すんだ。この人、こんなに力が強いんだ。
男の人の姿はあっという間に見えなくなった。あまりに衝撃的過ぎて処理が追いつかない。岸本さんの力は少し緩んで、先程の恐怖が嘘のように優しく私を包み込む。大丈夫、この人は大丈夫。
すぐに通報して、警察官がやって来た。他人事みたいな感覚で眺めていたが、聴取を受ける頃には現実に引き戻された。
「…前からおかしなことはあったんか。」
岸本さんの言葉に、首を縦に振る。郵便受けのダイヤルが回された痕跡があった。一度や二度ではない。朝見た時と、帰宅時でダイヤルの位置が変わっていた。気のせいかと思っていたけれど、何回か確認して、それが人為的なものだと確信に変わったのはつい最近のこと。まさか、その現場に出くわす事になるなんて。
「怖かったな。今度からはちゃんと言ってくれ。迷惑なんかじゃないから。」
はい、と消え入りそうな声で言う。聞こえたのか、岸本さんが私の肩を抱き寄せた。先程の男の人の手が触れた位置と同じ所に置かれた手は大きくて、どこまでも優しい。上書きされたような気がして気持ちが凪いでいった。
現場検証や聴取などを済ませて部屋に戻れば、辺りはすっかり夕方になっていた。楽しい時間だったはずなのに最後は台無しで、かなり落ち込んでいる。
「ありがとうございました…。」
「おお…。」
歯切れの悪い挨拶。言いようのない不安と居心地の悪さが原因なのは分かっている。でも払拭のしようがない。
「黒川。」
岸本さんが私を呼ぶ。その声に過剰に反応して肩が震えてしまう。
「…今日、うち来るか。」
「え…。」
「心配やねん、またなんかあったら。」
手を引かれ、抱き締められる。心臓の音が早い。
「…私も、こわい。行ってもいいですか?」
体が離れて、見つめ合う。
「来い。いくらでもおったらええ。俺が守ったる。」
その言葉に涙が溢れた。
永遠なんて要らない、あなたがいれば。
何も考えたくない。
彼のこと以外は。