*【岸本】Courage et fierté
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こんな幸せ、知らなかった。
「んー、異常なし。」
「ありがとうございます。あの…少し相談が。」
「なに?」
勤務先のクリニックで、定期的に膝の検査をしてもらっていた。日常生活には支障なく、運動も軽くなら何も問題はない。
ただ。
「…バスケを、したくて。」
「んん?」
「あ、いや、激しくやるんじゃなくて。その、趣味程度に…。その為に、不安無く出来るくらいになりたいなって。」
先生は、うーん、と唸る。
「出来るで、趣味程度なら。」
「本当に!?」
「麻衣ちゃんは不安なんやろ。」
「えっと…。」
「本当に大丈夫なのかっていうのと、熱が入り過ぎて自分の中のリミッター外れちゃうんじゃないかって。」
返す言葉がなかった。その通りだ。趣味程度に、と言っても相手次第ではどんな交錯があるかわからない。ヒートアップしたとき、自分がどのくらい張り切ってしまうのかも、わからない。
岸本さんと、バスケが出来る。
夢みたいなことなのだ、私にとっては。大学に入ってから、そのプレーに一目惚れしてしまって以来ずっと目で追っていた。あの人をかわすには、抜くには…そんなことを頭の中で考えていたくらい。
その人と、恋人同士になって。
バスケしようって、言ってもらえて。
浮かれないわけがないのだ。
「あはは、じゃあ、リハ部のみんなにも相談してみようや。リハビリする側の気持ちにもなれるし、必要なことかも知れへんわ。」
先生はそう笑って、立ち上がる。いつも検査は土曜の診療時間が終わってから。診察室を出ると放射線技師の同期が立っていた。
「黒川、異常なかったやろ。」
「うん、なかったよ。ありがとね、春岡くん。」
ほっとしたようにこちらに笑いかけてくれる。一緒に病院を出た所で私の携帯が鳴る。
「あ、ごめん。」
「いいよ、出て。」
画面を見て、心臓が跳ねた。急いで応じる。
「も、もしもし!」
『おう、おつかれさん。いまええか。』
「は、はい!あ、少し待ってください!」
顔が熱い。こんなところ見られたら恥ずかしい。
「春岡くん、先帰っていいよ、ありがとうね。」
「おお、おつかれさん。」
片手を上げて駅の方へ歩いて行くのを見送りながら、電話に語りかける。
「すみません、大丈夫です。」
『なんや、男か。』
「同僚です!!!」
『声でか…冗談やんけ、わかっとるわ。』
「もう…。」
『はは、いま帰りやろ。昼飯食いに行かへん?』
「行きます!」
『ほんなら、後ろみてみ。』
「こっち。乗り。」
振り返ると、クリニックの駐車場に停めた車から顔を出している岸本さんが居た。あまりの驚きに携帯を落としそうになる。
「い、いつから!?」
「着いたんはさっき。黒川が同僚の奴とあっち歩いて行きよるから慌てて電話かけたわ。」
「すれ違わなくて良かったぁ…。」
「ホンマやわ。かっこわる。」
笑い合うと、私は助手席の方へ回りドアを開けて乗り込む。よく考えたら、岸本さんの車乗るのは初めて。前は烈くんの薬局の、配達用のハイエースだったから。
「なんか食いたいもんある?」
「え、と…。」
「何急に緊張してんのや。」
「ええ!?」
「はは。掃除しといて良かったわ。」
私がシートベルトをしたのを確認すると、岸本さんは車を発進させる。流れて行く景色を眺めながら、心地よい胸の高鳴りに浸っていた。
「黒川?」
私は知らない内に眠ってしまったらしい。岸本さんの声が遠くに聞こえる。
「疲れるわな、そりゃ。…お疲れさん、麻衣。」
優しい声とともに、眠りに落ちる。
この上なく、心地よい。
いまこの瞬間こそ、煌めいて。
無数の煌めきの中で
確かにあなたが笑っている。
そんな夢をみた。