*【岸本】Courage et fierté
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絶妙なタイミングやわ。
腕一本の距離やいうのに。
ババァこと、南の母親で黒川の伯母は血相を変えて飛び込んできた。
「変質者出たって!パトカーが麻衣ちゃんのアパートにとまったてご近所さんから聞いてん!大丈夫やったの!?」
「あ、あのね、」
「実理、まさかアンタ…!?」
「アホ、せやったら今頃俺おらんやろ。お巡りに連れてかれとるわ。」
失礼にも程がある。寧ろ助けた方やっちゅーに。
「あのねおばちゃん、私が岸本さんに電話したの。」
「たまたまやけどな。」
「女の子の前でたまたまとか言うやないわ下品な。」
「ババァの頭の中がやろ。」
「あはは…。でね、110番もしてもらったの。警察の方に説明する時もおってもらえて、その、…心強かったんよ。」
「ほーん…?」
「なんやねんその顔。」
ババァはにやにやとこちらを見て来る。履き物を見るに相当慌てて出て来たと見えるが、口調や態度からは微塵も感じさせない。完璧なのか迂闊なのか微妙なところやな。
「ババァも来たことやし、今夜くらいは世話になったらええんとちゃう。」
「そうやな。怖いやろ、うち泊まりに来たらええわ。」
「あ……でも……。」
黒川はやや躊躇いながら口を開く。
「不在にしてなんかされてもやだし…外に出るのもちょっと怖い。」
そう言って俯いた。
「んー…わからんでもないなぁ。」
「はぁ?ホンマか?」
「うるさいねん実理。」
「アンタ泊まってあげたら。彼氏なんやろ。」
……は
「は!?」
俺より先に声をあげたのは黒川だ。
「私そんなこと一言も、」
「あ、ホンマにそうなん?やだぁ、そうなんかなぁくらいにしか思ってなかったんやけど。あっはは!」
「ええー…。」
ババァえげつな。
「そうや言うてもまださっきの話やで。」
「き、岸本さ」
「ホヤホヤなん?おばちゃん邪魔しちゃったねぇ。」
「もうええからババァ…。」
「さっきから聞き捨てならんで、実理。」
「…お姉様。」
「よろしい。」
ババァは黒川の肩に手を置き、顔を覗き込む。
「麻衣ちゃん、大丈夫なん?実理や言うても男やで。」
「どうせ私いま生理中やし…。」
「そういう話ちゃうねん。大体俺かて順序踏むわ。」
つうかそれはそれで体調大丈夫なんか、と聞けば、大丈夫です、と返ってくる。
「おばちゃん邪魔やし帰るけど、なんかあったらいつでも連絡して来るんやで。」
「うん、ありがとう。」
「実理、下手なことしたらこの町で生きてけんようにしたるからな。」
「おっかな。せんわ。」
言うだけ言って、ほなな、と帰っていく。黒川が手を伸ばす前に俺が鍵をかける。
「で、ホンマに俺を泊めて大丈夫なんか。」
「え、と、」
「…アホ、なんもせんわ。ただ、俺さっきまで寝ててん。夕飯食うてない。」
「私もです。支度しててこんなん…。」
顔を見合わせて笑う。
「なんか頼むか。」
「そうですね。」
リビングでデリバリーのサイトを見ながらああでもないこうでもないと議論を交わし、やがて決めると注文をし、待つ。
「岸本さん、やっぱすごいですね。」
「は?」
「今日観に行ってよかった。元気もらいました。」
「そらよかった。」
「いいなぁ…。私も岸本さんとバスケしてみたかった。」
「出来るやろ。」
「え。」
「本気でやらなきゃできるんやろ。」
「まあ、はい…。」
「今度やろうや。」
「…はい。」
嬉しそうに微笑むその表情が愛おしくて。手を伸ばして頬に触れて、顔にかかる髪を耳にかけてやる。
「今度は邪魔が入らんとええんやけど。」
「デリバリーもまだ来ないと思います。」
笑い合って、今度こそ。
すり抜けないよう、丁寧に厳重に。
かさねた唇の温もりは
思っていたよりずっとあたたかかった。