*【岸本】Courage et fierté
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この気持ちに、
終わりが見えない。
久しぶりバスケの空気を吸ったら元気が湧いて来た。やっぱりバスケから離れられない体質らしい。
お風呂に入って気付いたのだけど、お昼ご飯、食べ損ねてた。夕飯の支度をしつつ、腹の虫の主張がいよいよ激しくなって来たところで、インターホンが鳴った。
まだ遅い時間ではないけれど、夕飯時に来る人なんているのだろうか。コンロの火を消す。おばちゃんかな?などと呑気に構えていたが、ふと烈くんの言葉を思い出す。
『顔を確認してから開けろ。』
地元が田舎で平和ボケしていた私が大学進学する際に、烈くんがくれた餞別の言葉を思い出し、モニターホンを確認する。はて、誰もいない。
「イタズラ?もーかんべんしてよ。」
チッ、と舌打ちしてキッチンにたとうとすると、突然鍵をガチャガチャと弄る音と、ノブが何度も上下するのが見えた。え、なに、なに!?怖い、やだやだ!!
咄嗟にチェーンロックをかける。不可解な現象はしばらく続いたが、やがて諦めたのか足音が遠ざかって行った。
しばらく呆然としていたが、その場にへたり込む。なに、今の。どうしたらいいの、こんな時。
「…だれ、か。」
震える手で、エプロンのポケットから携帯を取り出すが、滑ってしまって床に落とす。その拍子にどこかに電話をかけてしまったらしく、小さく声が聞こえてくる。
「あ、の、ごめんなさい、誤操作で」
『黒川か?どうした、声おかしいで。』
「…え、岸本さん…?」
そうだ、1番最近電話した人、この人だ。今頃彼女とラブラブランデブーでもしてるんじゃないの、ごめんなさいごめんなさい!!!
「ご、ごめんなさい!お邪魔し」
『てへんわ。どうかしたんか、声震えてるやん。』
「あ………あの………。」
彼女がいるとか、もうどうでもいいや。いまのこの怖い気持ちが消えるまで、少し相手してもらえればいいや。
「いま、鍵、ガチャガチャめっちゃかき混ぜられて、ノブがガタガタ動きまくって、ポルターガイストなんですかこれ…ここなんかおるんでしょうかねぇ………。」
『………は?おま、それ、』
「でも、やっぱ、真に怖いんは生身の人間だとおも」
『アホ!!!はよ110番せえ!!!絶対外出るやないぞ、すぐ行くから!!だからとにかく電話切ったらお巡り呼べ!!!』
「やだ!!怖い、ひとり怖い!!電話切らんといて!!」
『そうは言うてもっ……わかった、わかったから!電話そのままでええから!!俺の言う通りにしい!』
「はい………はい!」
電話の向こうで岸本さんが110番してるのが聞こえた。携帯は私のと繋がってるのにおかしいなぁ、なんて思っていたけど、どうやら仕事の携帯でかけたらしい。
どたんばたん、とけたたましい音や、ちゃり、と鍵が当たる音が聞こえた。警察の人と話してる声もする。この人器用だな。
『おい、住所言えるか。』
「あ、はい。…いいますね。」
ばたん、と車のドアを閉める音だろうか。私が住所を言うのを反芻してさらに電話の向こうの人に伝えていた。お巡りさんとの通話を切ったのか、エンジンがかかる音がする。
「かっとばすで。」
ハンズフリーにしたようで、声は少し遠くなった。けれどカーナビの声と岸本さんの声が重なってやけに賑やかだった。ナビの言うことガン無視なのも妙に笑えた。リルートさせ過ぎ。笑う余裕が出て来たことに自分では気付いていなかった。
やがて警察の人がやって来て、岸本さんも来てくれて、状況を説明したり、連絡先や名前を伝えたりした。頭真っ白でうまく説明できたか分からないけど、岸本さんが隣にいてくれたのが心強くて、涙をこぼすことなく、おまわりさんを見送った。鍵をして、チェーンロックもする。
「俺まだおんのやけど。」
「あ、本当だ、ごめんなさい、ありがとうございました!」
慌てて鍵を開けようと手を伸ばすのをやんわりと阻まれる。
「はは…そのままでええ。これ以上邪魔が入るんはごめんや。」
「は?」
「俺は彼女なんかおらへんねん。お前が見たのは、ただの後輩。」
「でも、今日、」
「…。
岸本さんのこと、ホンマにすごい人なんやと思いました。私これから公私共に頑張るんで今後ともよろしくご指導ください
……やと。」
「…は?」
「お前が思うようなことは一切合切なーんもないねん。」
「でも、絶対あのひと岸本さんのこと好きですよ、今は違くてもいつかはきっと、」
鍵に伸ばした手が、岸本さんの大きな手に包み込まれる。ごつごつしていて、表面は硬い。爪は綺麗に整えられている。
「…俺はお前が好きやから、他の女は眼中にあらへん。」
親指の腹が、私の手のひらのまんなかをくすぐるように何度も行ったり来たりする。緊張、してるのかな。ざらざらとした感触に、そこから全身が痺れていくようだった。
「本当、ですか…。」
情けないくらい、声が震えていた。誤魔化す様に、くすぐる彼の親指を捕まえる。
「…嘘言ってどうすんねん。あと、指、離せや。」
「さっきから好き勝手してたくせに。」
「やらしい言い方すんな。それより、返事。」
「えっ」
「お前はどうやねん。…麻衣。」
低音が耳元で名前を呼んだ。やめて、心臓がもたない、頭が回らないよ。
「すき…」
「…おう。」
やっと絞り出したその声に岸本さんが返事をすると、後ろからゆっくりと包み込まれるのがわかった。背中の体温が心地良くて安心したら、
ぐうぅ
お腹の虫が居てこも立ってもいられず盛大な文句をたれた。
「台無しやんけ。」
からかうような声で岸本さんが呟いた。こちらを覗き込むようにして顔を近付けてきたので目を閉じようとしたら、今度はインターホンが鳴った。岸本さんが舌打ちしたのが聞こえて、小さく笑ってしまう。私が岸本さんの腕の中から抜け出してチェーンロックを外そうとすると、
「アホか、学習せえ。」
と、ドアから離される。阪神の球団マスコットのストラップで隠していた覗き穴から岸本さんが外を確認したら、飛び退いた。
「ば、ババァやんけ。」
おばちゃんの登場に、岸本さんの顔が思い切りひきつったのが面白かった。
ファンファーレが、鳴り止まない。
神様、こないだのやっぱなし。
この愛しさも恋しさも、私だけのもの。