*【岸本】Courage et fierté
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誤解を解かなければと焦る。
そういう時に限ってうまくいかない。
「そういえば、さっき応急処置してくれてたの麻衣ちゃん?」
大高さんの声に、着替える手が止まる。なんで知っとんねん。しかも名前呼びて。
「知ってるんですか。」
「おー、リハビリ担当してもらっとるんよ。頑張っとんで。あそこ男ばっかやから紅一点やし、感じ良いからアイドル。」
「…へえ。」
「岸本くんは?仲良さそうやったけど。」
「俺は…」
言われて気付く、黒川との関係に名前がないことを。友達でも、先輩後輩でも、ましてや恋人同士でも、ない。
「…ツレの後輩で。」
咄嗟に出たのは土屋の後輩ってこと。他人であることをまざまざと思い知らされた。強いていうなら、知り合い。
「そうなんかー。そういや楠さんとも仲良さそうやったな。」
更衣室を出て体育館のエントランスを歩いていると、今日試合をした会社のバスケ部員が何人かいて頭を下げる。そのうちの1人が俺の方に寄って来たので、首を傾げて立ち止まる。
「今日はありがとう。…豊玉の岸本くん、やんな。」
「え、あ、はい。」
俺は他の部員に先に行ってもらうよう声をかけて、肩に掛けていたバッグを床に置く。
「俺も豊玉バスケ部出身なんよ。君よりはいくらか上やけど。北野さんに教えてもらってて。」
「!」
「君らの試合観ててん。その時、俺広島に勤めてたからさ。」
「そう、なんですか。」
「けっこ荒れたてたなぁ。応援団もイキってて、あはは!」
「…すみません、先輩方の大事なバスケ部をあんな」
「謝らんでええって。いい試合してたやん、最後の方なんか特に。なんか目が覚めたように無邪気なバスケしとった感じなん、すごく記憶に残っとるわ。」
「…。」
「今日も、楽しそうやったやん。」
「はい。」
「俺も楽しかった。また頼むわ。」
「こちらこそ宜しくお願いします。」
「岸本くん、連絡先教えてや。あと名刺も。なんかの折には頼むわ。」
「はは、自分に出来ることがあれば。」
連絡先と名刺の交換をして、別れる。名刺をしまって鞄を担ぎ直すと、柱の陰から誰かが顔を出すのが視線の端にうつった。
「あ…。すみません、出るに出られなくて。」
「黒川やんけ、なにしてんのや。」
「お手洗いに行ってて、そしたら岸本さんがあちらの方と話していたので…。」
「アホ、別にええのに。」
「立ち聞きするみたいになってしまって、本当にごめんなさい。それでは!」
「待て待て待て、逃げんな!」
肩を掴んで引っ張ってこちらを向かせる。
「別に聞かれて困る話やないからええけど。それよりお前、土屋と飲んだ日あったやろ。」
「え!?なんで知ってるんですか!」
「お前帰った後、俺土屋と飲んでん。」
「…は?」
「…で、きいたんやけど。お前と土屋が見たのは、」
「岸本さん?」
大事なところで遮られる。声の方を見ると、後輩が立っていた。件の、飲みに行った相手。今まさに誤解を解こうとしているところに現れてしまうと、拗れて困る。いや、寧ろ好都合か。
「黒川、あいつやろ、お前が見たの。」
「あ、そうです…綺麗な人ですね。お似合いじゃないですか。」
「ただのこうは」
「あの、楠さんが探してました、えと、麻衣さんやっけ。」
「あ、はい、そうです。ありがとうございます!…じゃ、あとはごゆっくりどうぞ。」
「待て!まだ終わっとらん…!」
小声でにやにやと笑いかけてくるのが気色悪かった。なんやねんその顔。しかも無駄に足速いねん、今そんな才能発揮せんでもええねん、ホンマ無駄や!
「お疲れ様でした。かっこよかったです。」
「おーきに…。」
溜息をついて歩き出す。すると後輩が腕を掴んでこちらを見上げる。
「あの!私…岸本さんのこと」
あと少し、もう少しが遠い。
肝心なお前は、
いとも簡単に俺の手をすり抜けていく。