*【岸本】Courage et fierté
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連絡しようか、どうしようか。
迷っているうちに時間は過ぎていく。
「お疲れさまです…おお、大高さん。腰はどうですか。」
電話の相手はロジ部の先輩社員。最近バスケ部に入って、はしゃいで、腰を痛めた。以前からやりとりのあった人だが、仲良くなってからというもの、仕事がしやすいといったらない。
『うーん、普通に過ごしとる分にはええねんけどなぁ。毎週通院やわ。』
「大事にして下さいよ。バスケは逃げへんからちゃんと治してから、お願いします。」
『おーきに。あのさ、頼まれてた件なんやけど、』
「お、進展あり?」
『ま、俺にかかればこんなとこやな。詳細はメールに添付しとく。確認してな。』
「ホンマ助かりますわ。ありがとうございます。」
メールを確認する。前に、部活入ってから変わったとか言われたけど、交流が広がって仕事もし易くなって、心に余裕が出て来たんかもしれん。そういうことやろか。
「岸本さん、こちら確認お願いします。」
「了解。いつもおおきにな。」
「いえ…。…あの、先日はありがとうございました。」
「先日…ああ、ええねん。」
週末に、切れそうになってたバッシュの紐の替えを買いに出掛けたところ、この後輩が彼氏に待ち惚けを食らったらしい現場に居合わせた。面倒はごめんやったが見過ごすことも出来ず、飲みに誘った。
「…私、彼にとってなんなんかわからんくなってしもて。」
「おお。」
「メイク変えてみたり、ダイエットしてみたり…あとなにしたらええんかな。」
「彼氏変えた方が早ないか。」
「え…。」
「お前全然楽しそうちゃうし。」
「眼から鱗や。」
「そうか?もっと冷静になった方がええんちゃう。」
そうかあ、と腕を組んで呟く後輩は、うん、とひとつ頷くと、手をあげる。
「たいしょお!芋ロック!」
「待て待て待て、ホンマに大丈夫なんやろな!?」
後ろに大学の同期が見えた。高橋みたいなのに縁があるんか俺は。
案の定千鳥足になった後輩をタクシーに乗せて見送る。
やれやれ、と歩き出すと、声を掛けられた。
「みーのりん。」
「うお、土屋か。」
「少し、ええ?」
思い掛けない2軒目にため息をつく。今日はなんやねん…。
「さっき可愛い子見送ってたやん。彼女?」
「ちゃうわ、会社の後輩。彼氏とうまくいってないんやと。」
「…なんや、そうか。」
「なんやねんそれ、意味ありげやな。」
「すまん岸本、僕ら勘違いしとった。」
「なんのこっちゃ。…僕ら?お前、誰となに見とってん。」
えらく素直に謝る土屋が気色悪い。ビールを飲もうとジョッキを持ち上げる。
「岸本が女の子と店から出てくるとこ、麻衣と見てしもうて。」
その言葉に、ぴたりと止まる。なんやて、誰と何を見た。
「僕かっこつけて、見んでいい、なんて目をこう覆ったんよ。いややぁ〜かっこ悪い!あ、麻衣はタクシーに乗せて帰したから安心してな。」
ジェスチャーを交え、鼻につくスカした声で再現を始める土屋にしばらく声が出なかったが、やっとのことで絞り出した。
「…安心してな、てなんやねん。」
「好きなんちゃうの、麻衣のこと。」
だん、とデスクに手を付いて立ち上がる。同じ課の人達がこちらを見上げていた。…しまった。
「…スンマセン、ちょっと、大事なこと思い出して。」
そのまま給湯室に向かい、使い捨てのカップをディスペンサーにセットする。ボタンを押すとマシンが唸り声をあげ、ややあってコーヒーが注がれ始める。
携帯を出し、連絡先一覧を眺める。土曜に練習試合があるから観に来ないか誘ってみようか。
「岸本くーん!お客さんから電話ー!」
「うお…。今行きます!」
慌てて携帯をポケットに滑り込ませる。固定電話で話しながら、ディスペンサーにコーヒーを置きっぱなしにしたことを思い出していた。
躊躇う指先、辿るその先。
どこからか声が聞こえた気がした。
そちらに耳をすませる余裕はなく
今耳元で聞こえる声に笑顔で応えるのが精一杯やった。