*【岸本】Courage et fierté
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
バスケは、俺にとってなんなんやろうか。
あいつにとって…なんなんやろうか。
「お疲れ様です。岸本さん、コーヒー要ります?」
「お疲れさん。自分でやるからええわ、おおきに。」
アシスタントの後輩が外回りから戻った俺に声を掛けてくれる。別に気ぃ遣わなくてええんやけど。へんな慣習やな。
後輩は、そうですか、と気落ちしたかのように呟く。ん?なんや、なんかあったか。
「…もし自分も飲むつもりやったんなら、ついでにもらえるか。」
「は、はい!」
なんやねん、嬉しそうやな。まあ、ええけど…。席の伝言メモを何枚か眺める。外線内線ようかかってくんな。
「岸本くんさ、最近変わったよね。」
「は?」
女の先輩に声を掛けられる。
「バスケ部入ったんやっけ?楽しそうじゃん。」
「そらぁどうも…。」
「雰囲気もええやん、今まで以上にさ。モテるで〜。」
「はぁ…。」
先輩はそう言って笑いながら、鳴り出した電話を取る。そこへ先程の後輩がコーヒーをもってやって来る。
「お待たせしました、どうぞ。」
「おう、おおきにな。」
礼を言うと後輩は軽く会釈をくれて向かいの席に着いた。持参しているらしいマグカップに口を付け、小さく、あつっ、と呟いていた。
「大丈夫か、気ぃ付けえよ。」
「あはは、ありがとうございます。」
「おお。」
受話器を上げてダイヤルボタンを押し込む。呼び出し音が鳴る音を聞きながら、今年度ももうすぐ終わるなぁ、と実感していた。
窓の外に、少しずつ花開く桜が見えた。
「…はあ?俺は用事あんねん。実理…岸本か、おるで。おお、じゃあ岸本やるわ。」
「何勝手に決めてんねん。」
週末、ミニバスが終わって帰宅する時に南に着信があった。こっちを見ながらニヤつく。ようわからんが勝手に決めんな。
「岸本、俺の実家寄ってけ。」
「意味わからん、却下や。」
「力仕事頼みたいんやと。俺は千聡の引越し作業手伝うねん。お前行けや。」
「なんや、結局一緒に住むんか。住所教ええ。」
「意味わからん、却下や。」
「腹立つな。」
そんなこと言いながら、しゃーないな、と承諾する。
「…じゃ、頼むわ。」
南は半笑いやった。なんやねん、それ。
「あーーー!そこ、そこ!あー…惜しい!惜しいよ!!がんばれ!!がんばれ烈くん、岸本少年!」
「あっははは!熱いねぇ、麻衣ちゃん。」
「…これは一体なんやねん。」
「え!?岸本さん!?え!?」
「岸本、さん、やて!!あはははは!!」
「うるさ…。」
南の実家に寄れば店には誰も居らず、奥を覗けば、南のオカンと黒川が南と俺のミニバスの試合を見とった。
「実理、おつかれさん。悪いんやけど麻衣ちゃんの荷物、新居まで運んでくれへん?」
「ちょ、おばちゃん、私自分でやるでいいよ!」
「荷物どこやねんババァ。」
「いまなんつった。」
「…荷物はどちらでしょうか、お姉様。」
「外のハイエース。段ボール2つあるから麻衣ちゃんの指示に従ってキリキリ運び。」
キーを受け取った俺が外に出て行こうとするのを、黒川が慌てて追いかけて来る。
「ごめんなさい…。」
「ええって。…南なら素直に頼るんか。」
その言葉に、黒川は口ごもる。溜息をついて、俯くその頭をかき混ぜる。
「えーから。ババァからしたら俺も南もパシリみたいなもんや。遠慮すんな。」
肩を竦めて言うと、黒川はほっとしたように、はい、と返事をした。
「ほーん、けっこ近いんや。」
「職場からも近いんですよ。あ、そこ、来客用の駐車場あるんで。」
「おう。」
車を停めると、荷物を出し、運ぶ。
「お前は持たんでええから。ドア開けてや。」
「はい。」
階段で2階まで上ると、部屋の番号を確認した黒川が鍵を開けてドアを開ける。
「この辺で…」
「アホか、ちゃんとどこ置くか指示せえ。使えるもんはちゃんと使うんや。」
「あはは…じゃ、リビングにお願いします。」
もう1つも同様に運び込む。黒川はすぐに段ボールを開け、カーテンを取り出す。
「折角なので、カーテン付けるの手伝って下さい。背が足りないから難儀で。」
「お、調子乗ってきたやん。」
「調子出て来た、って言ってもらいたいですね。」
ベランダのカーテンをつけてやる。確かに、これをこいつの身長でやるのは大変やろな。つけ終わり、部屋を見渡す。家具や家電はまだ揃っていない、がらんどうの有様だ。お世辞にも快適とは言い難い。
「今日から住めるんか…?」
「引越し業者が繁忙期で、荷物が届くの来週なんです。それまでは伯母の家でお世話になります。」
「そーなんか。」
部屋を出て鍵をかける。マンションを出て車に乗り込むと、俺は肝心なことを聞いていないのに気付いた。
「お前、仕事なにすんねん。」
「リハビリテーションです。理学療法士。」
「…は、なんて?」
「り、が、く、りょ、う、ほ、う、し。」
「馬鹿にしとんのか。」
「あいた!親切にゆっくり言ったのに、なんですかこの仕打ち!」
小馬鹿にしたような態度に軽く額をはたく。
「国試の結果出てないんで、仮なんですけど…。」
「大したもんやで。でもまたなんでそんな。」
シートベルトを締め、エンジンを掛ける。
「…私、故障してバスケ辞めたんです。」
その言葉に動揺したのか、エンジンが一発でかけられんかった。
自分に出来る、最善とは。
神様ってのがおんなら殴らせてほしい。
こんなにバスケを愛している奴から
バスケを取り上げるなんて、
理不尽にも程がある。