*【岸本】Courage et fierté
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この人にならいくら困らされても、構わない。
…なんて、ね。
「卒業おめでとうございます!」
卒業式の後は部の追い出しコンパ。居酒屋の広めの個室でわいわいと盛り上がる。大学生らしい、少し賑やかが過ぎる盛り上がり方に顔を顰める場面もあったが、それを宥めながら、感傷的な気持ちにもなった。
「大丈夫?」
「う、うす…。」
後輩は青白い顔をしながら廊下に座り込む。トイレの前なので、ほかのお客さんの迷惑にもなるし、取り敢えず外に連れ出した方が良いかな。
「立てる?」
「う…」
「はいはい、トイレ行きな。」
ふらふらとトイレに入っていくのを見送り、溜息をつく。最後までこんな役割かぁ、なんて少し笑ってしまう。
「盛り上がっとんなぁ。」
「追いコンやろ。懐かしいやん。」
「俺らも2年前はあんな感じだったんやで、こうして見ると反省するなぁ。」
「大人になっとる。そう変わらんくせに。」
大学の部活の同期と久し振りに飲みながら、奥の個室の賑やかさにこちらも盛り上がる。
「岸本はバスケやってへんのか。」
「会社の部活で少しやっとるで。あと、ミニバス教えとる。お前は。」
「俺はサークル。社会人サークルええで、女の子もおるし。」
「出会いには困らんわけか。」
「ヨコシマやな〜。」
それぞれの話をしながら、ビールを煽る。年度末のせいか残業が増えてやや堪える。アシスタントやってくれとる女の子も大分慣れてきてるけど、年度末の駆け込み発注にはフリーズしとった。
「いい加減にしなさいって、もう!ほら行くよ!」
「うう…すんません…。」
「謝んなくていいよ、あんたたち反省しなさいよ!」
声の方に目を遣ると、個室から自分よりいくらか大きい男に肩を貸す女が気丈に声を掛けながら、部屋の中の人間を厳しく叱る。
「マネージャーかね。俺らも苦労かけたなぁ。」
「あいつ元気かな。」
「先輩と付き合ってたやろ、どうなったかね。」
「…。」
「岸本?」
見たことある姿に聞いたことのある声。見間違えるわけがない。廊下の奥に消えていくのを見送っていたが、無意識に立ち上がっていた。
「すまん、ちょっと。」
「トイレあっち。」
「わかっとる。」
足が勝手にそちらへ進ませる。何をやっとるんや。俺は何がしたいねん。
「大丈夫かなあ…。」
「おい。」
「ぎえ!」
声の方に振り返ると、岸本さんが立っていた。
「え、なんで。」
「俺も飲みに来ててん。追いコンか?」
「あ、そう。後輩が潰されて。…出てこなくなっちゃった。」
「しゃーないな。見てきたるわ。」
ぽん、と肩に手を置かれ、驚く。手、大きい。戸の向こうに消えたかと思ったら、ややあって声が聞こえる。
「おーい、大丈夫か。」
「はい…え、あ!?」
「立てるか。」
「は、はい!」
「おい黒川。」
トイレの戸が開き、岸本さんが後輩に肩を貸しながら顔を出す。
「こいつ足たてへんで、どないする。タクシー呼んで帰らすんか。」
「そうしよっか。あ、でも、幹事にやらせますんで、取り敢えず部屋戻ります。」
そう言って、後輩の隣に立つと、肩につかまるように指示する。岸本さんが私の頭を軽くはたく。
「アホ、体格に差があり過ぎや。このまま行くから案内せえ。」
「え!?そんな、」
「うるさいタコ。時間の無駄や早よせえ。」
言葉は汚いが、笑ってるところを見るに悪い気はしていないらしい。
「じゃ、お言葉に甘えて。お願いします、岸本さん。」
「や、やっぱ岸本さんなんや…すみません…。」
「おん?知っとるんか。」
「有名人ですよ、岸本さんは。」
こっちです、と先導しながら、ちら、と振り返る。吐くだけ吐いたうえに、ちょっとした有名人に肩を貸してもらうというこの事態にすっかり酔いがさめた後輩は、割りかし足取りがしっかりしていた。
部屋に戻ると、思わぬ人物の登場に場が一気に盛り上がる。しかし岸本さんは、俺は便所行くねん、とさっさと部屋を出た。慌てて後を追う。
「まって、岸本さん。」
「なんや。」
「ありがとうございました。中まで入れないと思って困ってたんです。」
「あのな、ああいう時は男に頼め。こういうことになるとお互いに困るんやから。」
仰る通り、と恐縮していると、頭上から笑い声が聞こえる。
「でも、その責任感はええな。」
「え。」
「お前が慕われてるん、ようわかったわ。」
そう言い残して岸本さんはお手洗いに消えた。
先程手を置かれた肩が急にじんじんと熱くなる。
「…困った。」
嬉しい、困っている筈なのに。
うそだ、なにひとつ困っちゃいない。