*【岸本】Courage et fierté
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目に留まった左耳のピアス。
片方だけなのは、何か意味があるのだろうか。
「お疲れ様でした。」
今日の仕事を終えて帰宅の途につく。今日は試合のある日だったので夜の9時まで。大いに盛り上がっていた店内に、こちらまで気持ちが高揚した。
「寒い…。」
駅まで歩き、電車に乗り込む。外気と車内の温度差に体調悪くしそうだな。明日もバイトだし、帰ったら早めに休もう。
「ね、1人?」
不意に声を掛けられて振り返る。大学生だろうか、そこまで遅い時間でもないのに、呼気からはアルコールの匂いがする。
こういう時は、無視だ、無視。
「あれ、無視?君やって。これから飲みにいくの付き合ってや。」
「おいおい〜そんなんじゃ女の子は釣れないやろ〜。お手本見せたろか〜?」
仲間が居るみたい。愉快そうに笑っているけど、全然面白くないし気持ち悪い。勝手に飲んで帰れバーカ!
「可愛いお姉さん、こっち向い」
肩を掴まれ、酒臭い男の声が耳元で聞こえたが、途絶える。肩からその手も外れたけど、無理矢理剥がされた形なので少しよろめいた。
「酒に飲まれたガキが手ぇ出して良い女じゃないんや、ドアホ。」
その声に顔を上げるとスーツを着た岸本さんが居た。男の人の腕を掴んで、私から離してくれた。
「…わかったのかわからんのかどっちや。」
「あ…」
男の人たちは小さく声を漏らすと、岸本さんの方を見ようともせず違う車両に移動していった。私はコートの襟を正し、ひとつ息をついてから岸本さんの方を見る。
「ありがとうございました。」
「怪我は。」
「ないです。」
「なら、ええわ。」
ふ、と微笑んだ岸本さんに少し驚いた。そんな優しい表情するんだ、と、試合の時の表情を思い出して比べる。険しい顔でもしてたのか、岸本さんが怪訝そうな顔をしてこちらを覗き込む。
「気分でも悪いんか。」
「いえ、そんなんじゃないです。」
「そうか。…メシ食ったか。」
「まだ…」
「俺も。最寄り駅どこや、メシでも行こうや。」
「あ、はい。」
駅名を告げると、ふうん、とばかりに頷いて少し空を見つめていた。やがてこちらを見て、酒は飲めるんか、と首を傾げる。
「年齢的には。」
「知っとるわ。量の事聞いとんねん。」
「ほどほどでしょうか。」
「ん。せやったら…」
機嫌よさそうに、あそこやな、と呟いていた。2つしか違わないのに大人だなあ、なんて思いながらその横顔を見つめる。
初めて言葉を交わした、遠い人。
今はなにも飾らない左耳が、
おかしなくらい心に残った。