*【南】venez m'aider
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どうやらあの微笑みは幻だったらしい。
球場前で待っていた南くんはユニフォームを着た私を見るなり溜息をついた。え、うそ、そういう反応?マジか。
「それで電車乗って来たんか、よう刺されんかったな。」
「そんなわけないじゃないですか。さっきトイレで着たんよ。」
私にだって分かる。広島駅で見たことのある派手な暴走族みたいなの着た虎ファンには、こちらのホーム戦であるにも関わらずビビり倒した。あいつはいかん、刺される。ああいうのばかりではないと思っていても、阪神ファンは過激だというイメージを植え付けられた。因みにその戦闘服に刺繍されてたんは、打倒読売。
「でも元阪神選手のユニで刺されるってことはないじゃろ。」
「知らんがな。」
「この人に関するエピソードいくらでも語れるけぇ、なんでも聞いて。たとえば阪神の選手会長時代に中日の選手会長にな…」
「はいはい。ええから黙っとき。」
終始仏頂面の南くんはチケットを取り出すと1枚こちらに寄越す。それを受け取り、驚いた。
「な、な、なにこれ!めちゃいい席じゃ!」
「おー。バックネットのとこな。」
「三塁側内野席て言ってたよね!?」
「勘違いやった。」
やかましすな、と被っていたカープの帽子のツバを下げられ、黙る。テンション上げすぎた、気を付けよ。
「学生時代に同じように甲子園誘われてきたことあるんやけど、一塁側て知らずに行ったけぇ、ユニフォーム着てたらぶち顰蹙かった。」
「そらぁそうやろ。」
「でも、阪神ファンのおじさんが、しゃーないからビール奢ったるで可愛い子呼びぃ、って結局仲良くしてもらったんよ。」
「命があって良かったな。」
「本当にねぇ。」
あの時あの彼氏とは試合終わった瞬間別れた。三塁側って言ってたくせに一塁側の席だった上にユニフォーム着てったらめちゃ詰られた。思い出すだけでむしゃくしゃする。あの阪神ファン男は絶対に許さん。よっぽどおじさん達の方が紳士だよ、本物は違うね!
「南くんは阪神ファン?」
「せやで。」
「私と見るの嫌やないの?」
「別に。好きな球団応援したらええやん。俺は俺やし…、」
こちらを見て、眉間に皺を寄せる。え、なに、なんなの。
「千聡、サン、は千聡サンやろ。」
あ、私の名前、忘れとったんか。はは、失礼だけどなんか可愛いな。芽衣が名前で呼んどったからそっちが残ったんだ。
「本山千聡、ですよ。呼びにくかったら本山って呼んで、南くん。」
「……スマン、でも、」
「千聡て、ええ名前やな。」
…あ。笑った。
貴重なその微笑みを、今回は確かに心の中のカメラに収めた。そんな優しい顔するんだね、素敵だと思うよ。そんなことを考えていたらいつの間にかゲームが始まっていた。互いに、どの選手がどうとか今の配球はなんだとか熱く語り合ってしまった。なにこれ、すごく楽しい!
「岸本やと外野応援席ばっかやから、たまには内野席でじっくり見たかってん。」
わざわざうちまで送ってくれると言い、一度は断ったが押し切られて、一緒に家路を歩いていた。いくらかビールを飲んだので、南くんは上機嫌で最初よりも饒舌だ。この人、酔っ払ってた方がいいんじゃない?
「だったらまた一緒に来ようよ。」
「お、口説かれとるやん俺。」
「そういうこと言うんやったら、たいぎいけぇやめとこー。」
「冗談やんけ、付き合うてや。」
素面だったら、そう言ってからからと無邪気に笑う南くんに驚くところなんだろうけど、私も程よく酔ってるせいか普通に受け容れてしまって一緒に笑っていた。
自然と手を繋いでいた。でもなんの違和感もなかった。
「うちそこ。じゃけ、ここまでで大丈夫。」
「オートロック?」
「まさか、そんないいとこ住めんよ。」
「じゃあ部屋の前まで送る。」
「いいって。」
「やかましわ、早よ行くで。」
そう言ってグイグイ来るのは少し怖かったが、いかんせん、楽しかったのと酔っ払ってるので判断力がめちゃくちゃ落ちていた。だから、まあええか、と思ってうちの前まで一緒に来た。
「じゃ、今度こそここで。」
「おう、おおきにな。また誘うわ。」
「ん、こちらこそ。それじゃ。」
南くんは、私がドアを閉めるまで見送ってくれていた。鍵をかけると、足音が遠ざかっていくのが分かった。
優しい人やとは思っていたけど、存外に優しい人だった。