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ずっと先の約束もしたいの。
でも、せめてこれだけは。
雪はやんだが、いつも通りばかみたいに積もった雪。いつも通りの道を、いつも通り歩く。冬が寒くて本当に良かった、とか、雪の絨毯に2人で刻む足跡の平行線、だのといった可愛い文言は都会のもんだ。
ブーツでオシャレする、なんて頭はない。一番信用できるのは長けりじゃ。
「ふんげ!」
階段だと思って進んだ先はスロープ。駅前で見事にすっ転んで雪に突っ込んだ。さいあく…。
「なーにやってんだ、依紗。」
声の方に顔を上げると、いま一番会いたいような会いたくないような人物が立っていた。ただでさえ大きいのに、こちらは雪に突っ伏した状態だからさらに差を感じる。アリとニンゲンだ。
雅史くんは荷物を抱えたまましゃがむと、私の腕を掴んで軽く持ち上げる。すげ…。
美紀男はおろおろとしながら綺麗そうなタオルを鞄から出してこちらに渡してくれた。優しいな…。
足を地面につけた時、異変に気付いた。
痛いぞ、なんか、足痛い。
雪かきがまだ十分でないところに突っ込んだ私が悪かった。でも雪に突っ込んだだけなのに怪我なんてするだろうか、いや、ない。ないでしょ!どんくさ!
「あ、ありがとー。」
「大丈夫?気を付けないと。」
「うん。」
「どっかいくのか。」
「ううん。雅史くんと美紀男迎えに来たの。」
…本当の所は、雅史くん、なんだけどね。美紀男ごめん。
「迎えに来ることねーべ。こんな雪なのに。」
「私がしたかったんだってば。」
「…。」
「な、なに…。」
「…んな怪我しなくて済んだだろうが。」
「え。」
雅史くんは美紀男に荷物を渡すとしゃがんで、乗れ、と言った。私が躊躇っていると、はよせんか、とすこし語気を強めたので従う。
「依紗、足、痛いの?」
「…うん。」
美紀男は心配そうに、雅史くんに背負われた私を覗き込んだ。荷物を軽々持ってて、ああ、みっちり鍛えられた男の子なんだなぁ、と実感してしまう。美紀男でさえそうなんだ。雅史くんはもっと。
もっと、そういうの感じて、胸が苦しい。
「美紀男、俺依紗送ってくから先帰れ。」
「あ、うん、わかったよお兄ちゃん。」
「疲れてるのにごめんね。美紀男も…。」
「ううん、大事にしてね。」
美紀男は昔から優しい。気は優しくて力持ち、が服着て歩いてるみたい。
曲がり角で美紀男と別れて、ほんの少しだけ2人きり。顔に不釣り合いな詰襟の背中はすごく広い。3年間で何度買い直したんだろう、卒業式では第二ボタンとかあげるのかな。そんなことを考えていると、おい、と声を掛けられる。
「…なんか、あったんか。」
「え?」
「雰囲気かわったな。」
「なんも…かわってない。」
この気持ちが恋心だと自覚したのは、空が高くなって日が短くなり始めた秋の始め頃だったかな。卒業したら上京すると、お盆休みの帰省の時に雅史くんから聞いて、しばらくもやもやが続いた。
私、寂しいんだ、って。
「…ねえ。雅史くんが高校卒業するとき、第二ボタン私にちょーだい。」
「なんで。」
「…え、うそ、意味しらないの?うそでしょ?」
すると、少し振り返り、ちらと目だけで見てくつくつと笑った。
「しってる。」
「ひどい!」
「俺じゃなくても、依紗ならいい奴いるだろ。」
「……私は雅史くんがいいんだってば。」
気が付けば家の前で。軽トラは出払ってしまってガレージは空っぽだ。そこにおろしてもらう。
「嫌ならいいけど…。いまから言っとかないと、後輩に制服あげちゃいそうで。」
何度も買い替えているからそんなに傷みもなく、状態はかなり良い。後輩にしろ、近所の年下連中にしろ、引く手数多の学ランに違いない。
ありがとう、と伝えて背を向けようとした時、軽く腕を掴まれた。すこし驚いて振り返り、見上げる。
「俺、東京行くぞ。」
「知ってるよ。」
「それでも、いいんか。」
「いいよ。」
「…。」
「え、なに。」
「そんなこと言われるの初めてだから、こういう時どうしたらいいかよくわからん。」
「あはは。」
照れたようにすこし目を伏せる雅史くんは年相応で、こんな表情もするんだなぁ、なんて思ったら胸が温かくなった。
一歩近付いて、大きな背中に手を回す。
「約束しよ。第二ボタン、私にちょうだい。」
「…おう。」
「それから、」
「まだあるのか。」
「初詣も一緒に行きたいなぁ。」
「……いーけど、足治るんか。」
「治んなかったら担いで。」
「はは。」
ぎこちなく抱き締め返してくれる雅史くんの手は緊張しているのが伝わってきて微笑ましい。なにをそんなに緊張しているのだろう、バスケの時はあんなに器用なのに。
「… 依紗は、思ったよりずっと細っこいんだな。」
小さく呟いたその声に、心臓が跳ねた。今まで私たちの間に性別はなかったんだ。いま、この瞬間、彼はそれを実感したんだ。
女の子として見られるようになった。そのことが、私にとってもすごく衝撃的で、今更ながら恥ずかしくなってきた。
…恥ずかしい、恥ずかしい!
「ごめん!あ、えと、よ、よろしくね!いぎっ…」
大きな声で捲し立て、勢いよく離れる。足が痛いの忘れてた、ばか!
雅史くんはげらげらと笑いながらしゃがむと、米俵よろしく私を担ぎあげた。ひどい!
「ちょっと!この扱いはない!」
「洒落た抱き方じゃ戸があけらんねえからしかたねえ。我慢しろ。」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ私をよそに、施錠されていない玄関の戸を開ける。玄関に座らされれば、長けりこと長靴も、そして靴下も脱がされる。雅史くんは目の前にしゃがんで状態を確かめてる。足はちょっと腫れてた。
ごつごつと骨張った手が、指先が、優しく触れて来るのがこそばゆい。
「…もうすぐお父さんたち帰って来るから、大丈夫だよ。」
照れ隠しにそう言うと、雅史くんはこちらを見上げ、頷いた。まるで、私の気持ちを汲んでくれたみたいに。
「…わかった。」
「気を付けて帰ってね。」
「おう。すぐそこだけどな。」
「…ありがとね。」
「ん。戸締りしろよ。」
そう言ってあっさり帰って行った。
「あー…参った。」
気持ちを伝えたはいいけど、これからどうしたらいいんだ。わからん。頭を抱えて悶々としているうちに、畑に行っていたお父さんとお母さんが帰って来て、なにやってんだと言われてしまった。仰る通りです…。
禅庭花
心安らぐ人へ。
不器用なもの同士、仲良くやろう。
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Twitterにてリクエスト頂いたものです。
ありがとうございました!
禅庭花(ゼンテイカ)の花言葉は、
「日々あらたに」「心安らぐ人」