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声が聞きたい。
『もしもし?』
「もしもし……諸星だけど。いま大丈夫?」
『あ、ちょっと待っ、』
『えー!?なに!?諸星!?』
電話の向こうは賑やかだった。緊張感とかそういうものは感じない。ひゅーひゅー、などと古い合いの手が遠くに聞こえる。彼女の種目は今日が開会式だって言ってたな。元気そうで何より。
『っと……お待たせ。』
「すげー静かになったけど……部屋からあんま離れるなよ、危ないから。」
『あはは、ありがと。試合お疲れ。』
「おー……。」
40分ずっと出てたの?とか、走りっぱなしなんて信じられない、だのといつもの調子で明るくこちらに語りかけてくる。決して、核心には触れない。俺から話すのを待ってくれてる、それを感じて体が熱くなる。
早く会いたい。
「……試合さ。」
『うん。」
「負けた。」
『そっか。』
「あっけないな。」
『そうだね、始まったら終わるだけだもんね。』
「……だな。」
夏が終わる。ここまで持てる力のかぎり走ってきて、幕切れは唐突で。勝負の世界だ、勝つ奴がいれば負ける奴がいる。それだけのことで何も難しい話じゃない。理屈はそうだ。でも、感情はそう簡単に割り切れない。
『……悔しい?』
「当たり前だろ。」
『どことやったの?』
「海南。わかる?」
『ああ、友達がいるって言ってたとこだよね。附属高校だ。』
「そー。」
『私だったらすごく悔しいね、悔しくて発狂する。』
「あっははは!」
悔しい。そう自覚した途端、目の奥が熱くなった。喉の奥に何かが迫り上がるのがわかる。やめろ、この子の前ではかっこつけさせてくれ。
『諸星のことだからさ、部員にはかっこつけたんでしょ。よっ、キャプテン!かっこいー!』
「茶化すなよ。」
『今はいいよ、バスケ部のキャプテンじゃなくてさ。』
「はあ?」
少し間が空くと、息遣いが聞こえた。小さく吐き出す音だ。
『……お疲れ様、大。』
震える声に心臓が早鐘を打つ。まるで自分のことのように俺の負けを受け止めてくれているようで。自惚れでもいい、俺のために泣いてくれてんだろ?
愛おしいよ。抱きしめたい。
「……ありがと。」
『すっごい悔しい。』
「なんで徳重が言うんだよ。」
『諸星が言わないからじゃん。』
「言ったろ。」
『言ってはないよ。』
「あ、そーかも。なあ、もっかい名前で呼んでよ。」
『やだねー。』
ひとしきり笑って、悔しいな、と呟いてみた。するとどうだ、涙腺がばかになってしまったじゃないか。自分でも驚くくらい涙が溢れる。涙ってこんなに流れるっけ。
夏が終わってしまった。愛知県大会に於いてはチームを優勝には導けず、インターハイではベスト4の壁を越えられなかった。キャプテンとして不甲斐ない、なんて力不足なんだ。
別にそれを誰かに言われたわけではない。ただただ、自分自身がいつまでも責め立てる。
「うわ……最悪。部屋戻れねーよ。」
『え?』
「かっこわりー……。」
『……そんなことないよ。諸星だって同じ高校生なんだからみんなと同じように悔しいよ。当たり前じゃん。』
「それにしたってこれは引くだろ。」
ちょっと待って、と携帯を離し、Tシャツの袖に目を押し当てる。鼻をすすってからもう一度受話部を耳にあてた。
「悪い。」
『ううん。……引くなんてことはないと思うけどな。私なら、むしろ好感度あがる。』
「お、マジ?もっと好きになる?」
『調子に乗るな。』
「あははは。」
俺が笑い終わる頃に向こうが、ねえ、と呼びかけてくる。ん?と返すとほんの少しの沈黙の後、声が返ってきた。
『私、自分のことでいっぱいいっぱいだからさすがに諸星の分まで頑張れないの。』
「いいよそんなの。自分のためにやれって。」
『うん。だから、愛知に戻ったらさ、お互いに頑張ったねって讃えあおうね。そう言えるように全力を尽くすよ。』
「……おー。」
電話の向こうの隠しきれない照れを感じて思わず口元を緩める。その奥にある、静かな決意も。本当は一番近くにいたい。でも、
「あーあ、みにいきてえなー。」
『絶対にやだね。』
だろうな。知ってた。
「新幹線、岡山で下ろしてもらうか。」
『本当にやりそうで怖いよ、絶対にやめて。』
悔しさとかやりきれない気持ちとか、胸にいっぱいになっていた感情を依紗の声がさらっていってしまう。不思議だな、さっきまであんなに埋め尽くされていたのにいまはまっさらだ。
「……声が聞けてよかった。ありがと。」
『ううん、私も声が聞けてよかった。』
本当はすごく緊張していて、とようやく本音を漏らす。全然わからなかった。早く言ってくれよ。
「もー。」
『なに?』
「依紗、好き。」
『!』
こちらの幕切れも唐突だった。あれ?なんで?もしかして引率の見回りでも来た?それとも友達に呼ばれたのかも。かけ直すと迷惑かもしれないから、大丈夫?とだけメッセージを入れておく。それからまもなく、大丈夫ごめんね、と返事が来た。
いくつかやりとりしたあと、おやすみと打ち込んで部屋に戻った。
後日、学校で会ったのであの日は遅くまで電話に付き合わせて悪かったと伝えると、
「こちらこそ急に切ってごめん……好きとかいうから……その、耐えられなくて、思わず切っちゃった……。」
普段あんなに声が大きいのに、小さな声でそんなことを言うものだからこちらこそ耐えられなくなって抱きしめた。一緒に外周走を終えたバスケ部員と、同じく休憩していたあちらの部員がみていたけれどおかまいなしだ。
「………………!!!!」
「うげ、」
声にならない悲鳴と共に思いきり押し返されて変な声が出た。依紗はといえば顔を真っ赤にして震えている。やば、俺まで照れてき、
「ばっかじゃないの!!」
一刀両断、俺を罵ると友達を置いて去ってしまった。触れた肩の感触が、柔軟剤のような香りが、ほんの少し残っている。それをかみしめつつ、その場に残された女子に今のはまずかったか尋ねれば即答される。
「だめでしょ。」
「やっちまった。」
「汗の匂いとか気にするって。」
「そっか、俺汗臭かったよな!びっちょびちょだし!気持ち悪かっ」
「いや、あの子自身のだよ。」
彼女は、馬鹿だねー、と笑いながら去っていった。一方バスケ部のやつはにやにやと笑いながら、ご愁傷様、と歩いていってしまった。別ににおわなかったし、なんならいい香りしたし、俺としてはすげー得した気分なんだけどなぁ。首をひねりつつ、どう謝ったものかとシミュレーションを始める。
夏の終わりのダイアローグ
声だけじゃ足りないよ。
(ももももも諸星、すっごくいい香りした!私ぜったいくさかった、腐臭だよ腐臭……!さいあく!!)