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みんなに対して、等しく優しい。
だから勘違いしちゃいけない。
そんなのわかってる。わかってるから。
「また食ってんの?燃費わりーな。」
「昼までもたないんだって。」
休み時間、友達と他愛のない話をしていた。午前中のこの時間がいちばんお腹が減ってくる。暑くなってきたけれど食欲は衰えないのはなぜなのか。隣に座った諸星がにこにこと箱を指差す。
「それちょーだい。」
「どーぞ。」
細長いチョコレート菓子を一本、間抜けに開いた口に差し込んでやる。イケメンはどんな顔してもイケメンだ。まったくいけすかない。もちろん褒めている。
「付き合ってんの?」
「!」
「え?そう見える?」
「ううん。餌付けされてるなって。」
「なんだよー。」
友達の問いかけに返事が遅れる。でも諸星が代わりにやりあってくれたおかげで事なきを得た。冗談だとわかっていても答えに窮する。2人の笑い声が妙に遠くに聞こえた。
答えられない理由は、わかっている。
「なあ、連絡先教えてよ。試合の結果とか知りたい。」
「いいよ。」
互いの連絡先を交換したのは2年の時。純粋に、部活に燃える仲間としてもっと話したいと思った。それだけ。
クラスメイト。その程度の認識。部活に入ってる奴は大体鳴り物入りで入学してるからそれなりに結果を出している生徒が多く、部活動への熱の入れ方も生半可ではない。
ただ、あの夏の日、武道場の裏で吐いていた徳重の姿は鮮明に残った。自分にとって珍しい光景ではないはずなのに。
同じ熱量で向き合ってるって、思った。
『英単語の小テスト、範囲どこだっけ!?』
当初の目的以外にも連絡をすることはあった。正直メールとかだんだん面倒になってくるから必要以上にすることはない。なのに。
どういたしまして。それじゃまた明日。
用件が済めばそれで終わり。それが妙に寂しくなったのは、いつからだろう。
たまたま見かけた、女子生徒と親しげに話す諸星。他のクラスの子と廊下でなにやらやり取りをしていた光景が忘れられない。いやいやあれが日常だ。だってほら、私や友達とのやり取りだってそれほど変わらない。諸星は誰とでも仲良く円滑に関係を築いていける人間だ。
県予選が終わった5月の終わり。諸星に送る文面は用意できたのに送信ボタンが押せない。思えばこのやり取り、必要ある?諸星だって、最初にそう言った手前引っ込みつかなくなってるだけで本当はもう面倒なんじゃないの?バスケ部の男子と話した時、諸星はメールを面倒臭がる、って聞いた。
やめた。文章はオールクリア。明日も練習があるからもう寝よう。きっと彼もそうだ、バスケ部も土日問わず忙しそうだもの。
次は諸星の番だよ。
送れなかった言葉を呟いた。
「おはよう諸星。」
「……はよ。」
朝顔を合わせれば徳重とはいつも通り挨拶を交わす。他の友人とも、それは変わらない。土曜に県予選があるってたしかに聞いた。でも、待てど暮らせど結果は送られてこなかった。
「依紗インターハイでしょ、念願じゃん!」
「報われたよねえ。」
聞こえた言葉に顔を上げる。俺の勢いの良さにその2人がこちらを見た。徳重は背を向けていて気付いていない。
「運が良かった。組み合わせがラッキーだったよね。」
「待って、諸星がすごいこっち見てる。」
「なにその顔めっちゃウケる。」
「は?」
そこで徳重がこちらを振り返った。俺どんな顔してる?そんなに面白い顔してんのか?
「相変わらず整った顔してんじゃん。」
そう言って、朗らかに笑う。なあ、その笑顔は誰のものなんだよ。誰に対してもそんな風に笑うの?不安やら焦りやら、色んな感情がないまぜになって苦しい。すっきりしない。
「俺知らないんだけど。」
「ごめんごめん!日曜も練習だったからすぐ寝ちゃった!」
「あ、そ。」
居た堪れなくなって席を立った。こんな風にいらいらすることなんてあんまないのにな。……とはいえ、さすがに感じ悪かったかも。
「諸星なんかあったの?珍しくない?」
「私に聞かれても。」
私が聞きたい。連絡しなかったことがそんなに面白くなかった?でもメールは面倒くさいんだよね?かと言って電話をするような内容でもないしそんな関係でもない。現実を自分で自分につきつけて落ち込んだ。なんて馬鹿なことを。
「よくわかんないけど、ちゃんと謝ったら?諸星があんな風にいらつくことなんかないじゃん。」
「何に対して謝ったらいいの?なんかごめん、とか絶対したくないんだけど。」
「あー!余計に腹立つやつな!あの感じだと結果を教えてもらえなくて怒ってない?」
「何それ!諸星可愛いとこあるじゃん!」
「なんでそうなるの……?」
確かに考えられるのはそこなんだけど。でも、そんなことでいちいち腹立てることないじゃん。今日わかったんだし。
やがて、試合日程の多い部活は平日も試合とかで公休となる。自分の競技は週末で全ての試合を消化できるので少し羨ましい気もする。
いつも居るはずの人間がいないとこんなに落ち着かないものだっけ。あの日以来、必要なこと以外言葉を交わしていない。胸の奥がずしんと重く、内側から掻きむしられるような気持ちの悪さが続いた。油断をしたら泣いてしまいそうだ。
なんでこんな風になっちゃったんだろう。
特に波乱はない。気を抜いたりもしない。いつも通り自分のプレーをして、チームで勝利して。試合が終われば反省会。試合の日のルーティンだ。で、解散したらメールを、
「……どうすんだ。」
すっかり上手くいかなくなってしまった。あれから気まずくて今までみたいに話せない。徳重もどこかよそよそしい。試合の結果を伝えるべきか。それとも、もう要らないのか。
「参ったー……。」
ひとりごちてしばらく考える。メールは正直面倒だ、正しく伝わらないことが多い。電話はハードルが高い、相手の予定もある。
「あー……もう!」
まどろっこしいことは苦手だ、あんま頭がよくないから!
「おつかれー。」
部活が終わってから部員と別れて職員室に向かった。顧問から今後の日程表を受け取るためだった。先生がこっちに持ってきたらいいじゃんね、てか明日じゃダメなの?うら若き乙女の帰宅を遅らせるなんてまずくない?あははは。なんちゃって。
「定期考査以外休みなくない……?青春だねえ。」
予定表を眺めてため息をひとつ。毎年のことながら気が滅入る。好きでやってることだし文句はないけど、想像するだけで痩せてしまいそう。痩せないけど。
諸星もこんな感じなのかな。ふとよぎった名前に立ち止まる。ばかみたい、あいつはただのクラスメイトで、同志で、戦友で。それだけ、それだけ、それなのに。
「いい、友達のままでいい!このままでいい!!」
静まり返った昇降口によく響く。決意のつもりで言った言葉がぶすりと自分に突き刺さった。泣きそうになるのをこらえて脱ぎっぱなしのスニーカーをつっかけて顔を上げる。
「な、なにが……?」
諸星が目を見開いて立っている。どうしてここにいるのか。公休なんだから休んでろよ。一瞬冷えた脳みそはえらく落ち着き払っていたがすぐにオーバーヒートを起こした。そして、咄嗟に指示を出す。
逃げろ、振り返るな。
私はチーターが憑依したがごとく諸星の脇をすりぬけた。叫んだ声が聞こえた気がしたが無視だ、無視。一番聞かれたくない人間に、一番聞かれたくない決意を聞かれてしまった。これが逃げずにいられるだろうか、いやない。
しかし確かに足音は追ってきている。ストロークの差は歴然なんだ。反則だよ!
「逃げんなよ!!」
離れていく背中に鋭く叫べば、俺の足も動き出す。試合の疲れなんてどこへいってしまったのか。なんなら試合の時より速く走れている気がする。
「待てってば!」
スクールバッグに手を伸ばす、一歩、二歩。思わずつかんだが結末までは考えていなかった。
「んぎゃあ!!」
聞いたことのない悲鳴と共に徳重は後ろにひっくり返る。ごめん!本当にごめん!!
「ひどいよ……」
「わ、悪い!怪我は!?どこ打った!?」
自分の仕業にもかかわらずぬけぬけと。でもそんなことよりまずは体の具合だ。インターハイが決まったのにここで怪我をさせてしまったら。そんな思いですぐに立ち上がらせて怪我の確認をした。
「ばかじゃないの……なんで来てんのよ……。」
……やった。泣かせた。最悪だ。俺はもう終わってしまった。何が終わったって……なんだろう、なんか、もう……終わったわ。
すぐに立ち上がらせてくれた諸星は、甲斐甲斐しく背中の砂をはらってくれた。あまりに優しい手つきなので涙が出た。みんなにそうなの?こんなふうに優しいの?膝をついてこちらの顔を覗き込む姿はお話に出てくるの王子様みたい。そんな風に思ってしまうくらい私はどうかしてしまったらしい。
友達でいい、男も女もなくこのままの関係でいたい。そう決めたのに、どこかに、この苦しみから解放されたい、ってやつがいて、たった今した決意を転覆させようとしてくるのだ。冗談じゃない、のに、そっちに流れつつある。
「なんで、って……。気まずかったから、ここんとこずっと。連絡していいのかなって。この間はごめん!感じ悪いこと言った!おめでとう、よかったな!」
そんな笑顔で言われたらたまんないよ、ずるいよ。
「もろぼし……」
「ん!?なに!?どこか痛い!?」
「違うよ……。」
せり上がる嗚咽をおさえるように何度も深呼吸して、最後に細く長く吐き出した。もう、言ってしまおう。その方が楽になれる。このままの方がいやだ。
徳重がなにか決めた顔をした。対峙する相手の表情だとか気持ちの機微に敏感なところはある。試合があった日はなおさら。なにより、この空気には覚えがあった。それだけはだめだ、先を越されるわけにはいかない。
「私、諸星のこと、あがっ!」
咄嗟に口を塞ぐ。お互いに顔を見合わせて、目を瞬かせた。それから少し目を伏せる。上手く伝えられるだろうか。
「……その先は俺が言うから。」
口から手を外して、立ち上がって。両方の肩に手をやれば小さく震えた。
「好きだよ徳重。俺は徳重の彼氏になりたい。全部1番に知りたい。」
せっかく止まった涙がまた流れる。徳重は手の甲でそれを拭いながら、小さくふきだした。
「仕方ないな……。」
「なんだよそれ。」
「はは……。」
「徳重はどうなんだよ。」
「……私が言うはずだったのに。」
「俺の勝ち。」
「でも言いかけたのは私が先だった。」
「先に好きって言ったのは俺だろ。」
「私の方が先に好きになってた。」
「いーや、俺だね。」
「なんなの!もう!」
「あははは!」
俺今日勝ったんだ。また次も勝つから。そんな話をしながら、一緒に歩く。このためだけに登校したって言ったら笑うのかと思ったのに、ありがとう、なんて少し俯き加減で言うから調子が狂っちまう。
「諸星とこのままずっと気まずかったらどうしようって思ってた。」
なんだ、同じだったのか。
ファンファーレは聞こえるか
君と一緒なら、毎日がめでたい!