大阪
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流石の私もこれは落ち込む。
部屋でヒーターガンガン焚きながら参考書と睨めっこ。古文をひたすら解く、解く、解く。もともと古典はあまり得意ではないのだが奇跡的に古文は相性が良いのか得点源だった。
なのにだ。
直近の全統模試では散々な結果に終わった。手応えはあったのに尽く弾き飛ばされ惨敗。そこで取れなきゃ当然古典自体の点数などハナクソ同然で。他の教科も奮わず判定も落ちに落ち、この時期でこんなの酷い、とめちゃくちゃに落ち込んだのだ。
しかしだ。
落ち込んでいたって結果が変わるわけでもなく、とにかくやるしかないのだ、走るしかないのだ。マラソンみたいなもんだ、走ればいつかゴールに辿り着く、そう信じてやるんだ。
「なーんて殊勝なこと考えたって落ち込むもんは落ち込むし、やる気だって出ませーん!」
背中のベッドに体を預け、天井に向かってひとりごちる。神さま、どうか哀れな私に慈悲を。
「入るで依紗ー。」
「もう入っとるやんけ、アホ。」
「お、やっとるやん。」
「やっとるわ、ボケ。」
「口悪いな。」
「なんで実理が来るねん。お母さーん、実理がおるでーなんでーつまみ出してやー。」
「ええ加減にせえよ。」
実理は隣に座ると紙袋を突き出す。
「差し入れ。」
「めちゃくちゃ気が利くやん、君は誰だい。」
「彼氏の実理くんダヨ。」
「裏声きっしょ。」
「オイコラ。」
「あっはは!おおきに!わ、シュークリームやん!食べてもええ?」
「おお。」
どこかの洋菓子店でわざわざ買って来たのだろうか。皮がサクサクしてておいしいし、中のクリームもどっさりで脳みそが元気になる。後から詰めるタイプなんかな、大きく開いたシュー皮の隙間からクリームがその存在を主張している。
「実理は食べへんの。」
「俺はいらん。重い、1個は食えん。」
「なんや、だったら分けようや。ひとりじゃ悪いし。」
「別に…。」
あっそ、じゃあいいや。そんなことを呟いて食べきる。仰る通り重かったかも知れん。そんなことを思いながら指についたクリームを拭こうとテーブルの下のティッシュに手を伸ばす。
「取るから。」
そう言って実理がティッシュを1枚引き抜いてこちらに寄越そうとしたけど、その反対の手が私の手を掴んで、そのまま、
「…っちょっと!なにすんねん!」
口に含みよった。舌のざらりとした感触に勢いよく手を引く。実理の手からティッシュをひったくるとゴシゴシと指を、手を拭いた。
「あっま…やっぱ無理やわ。」
「実理!!天下一品のアホ!!」
「お、なんや、古文やってたんか。」
「聞けや!!」
騒ぐ私を無視して参考書を眺める。しばし無言。なに、と私が覗き込むと、問題を指差す。
「なあ依紗、これなんて読むん。」
「しゅつらんのほまれ、やで。…読めへんのか、アホやな。」
「もっぺん舐めたろか。」
「ホンマやめて!」
私が意味を説明すると、実理は、ほう、感心したように息をつく。
「ほーん、教えてもらった方が教えた方を越える、ねえ。」
「せやで。実理たちが北野さんを越えるみたいなもん。」
「あり得へんわ、アホ。」
「たとえやて。…ごめんって、たとえがわるかった。」
「ええけど…ああ、アレやな、俺が手取り足取り依紗に教えたことを越えたプレイが」
「なんの話をしてるんですか。」
「バスケの話やんけ。」
「……。」
「なんの話やと思ったんや。」
「バスケ教えてもらったっけ。」
「お前しばいたろか。球技大会バスケになってもうた言うて泣きついて来たやんけ。」
「あー……忘れた。」
「オイコラ。」
私は実理を無視して参考書に向き直る。コイツ相手にしてたら伸びるもんも伸びんし受かるもんも受からへん。
「…模試、良くなかったんか。」
「…。」
黙って頷けば実理はベッドに体を預けて息を吐き出す。こいつは既に推薦で進学先を決めていて、心配事は、多分、ないのだ。羨ましい。
「…俺はアホやからわからんけど。」
「なに。」
「依紗が頑張っとんのは、ちゃんと知っとるから。…それじゃ大学受からんのも知っとるけど。」
そう言って、体を起こして私の頭をがしがしと撫でる。
「大丈夫なんちゃうん。今回は、まあ、残念やったけど。本番やなくて良かったやん。」
無責任なことを、とは思ったけど、なるほど確かに本番じゃなかったからよかったかなとは思う。前向きやな、見習わんと。
「…あーあ、なんか力抜ける。」
「あ?」
「おおきに。もう少し頑張る。受験終わったら、いっぱい遊ぼう。」
「せやな。」
「卒業旅行みたいなのできたらいいね。」
「面白そうやな。」
「…せやろ。なんか元気出て来たわ。」
「ん。」
微笑む実理に思わずどきりとしてしまう。ああもう心臓に悪い。はよ帰れ。参考書に視線を落とすと、実理が口を開いた。
「なあ依紗、」
「なんや。」
「キスしたい。」
「…はあ?」
「それ以上はせえへんから。」
「…。」
「疑っとんな。」
「…実理やもんなぁ。」
「…。」
「黙んな。」
「自信なくなって来た。」
「せやったらあかんわ、帰れ。」
「お前なぁ…。」
信用しろ、とか宣うけど、どの口が言うねんアホ。やれやれ、と深呼吸。
「ええよ。私もしたい。」
シャープペンシルを置いて。
愛情のキスを、一度だけ。
愛は心より出でて、どこまでも深く
私の心はあなたの愛で満ち溢れる。
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