海南
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大人と子供の狭間にいるんだ。
夏が終わり、暑さも少しずつ和らぐ。ここのところ日も少しずつ短くなって来た。
3年生のほとんどが部活を引退する中で、バスケ部はそうでもないと嬉しそうに話す清田の話を依紗も楽しく聞いていた。彼と付き合うようになって変わったことといえば。
「前よりも部活が楽しいの。」
「そうなんすか?」
「うん、信長くんが、楽しそうだからかな。」
その言葉に、清田は嬉しそうに笑った。その笑顔はいつもと違って、どこか大人びていた。
(なんだろう。)
少しの違和感が、胸に引っかかって離れなかった。
「そういえば、もうすぐ球技大会っすね!依紗さんは何に出るんすか?」
「え、ああ…私はドッジボールだよ。運動はあまり得意じゃないからな、すこし気が重い。」
「えっ、ドッジボール!?大丈夫なんすか!?」
「大丈夫だよ、小学生でもやるんだから…。」
「じゃなくて!その、怪我とかしないで下さいね…?」
そう言って、清田は依紗の右手を取る。
「大事な、トランペットを扱う指なんだから。」
尻すぼみな音から彼の照れが伝わり、依紗も思わず赤面して俯く。清田の中指と薬指のテーピングを軽く撫で、口を開く。
「信長くんも…気を付けてね。何に出るの?」
「お、俺はバレーボールっす!バスケ部がバスケに出るのは面白くないって話で。」
「暗黙の了解だよね…。特にバスケ部は別格だし。バレーボールね、観に行く。」
「俺も。」
その笑顔は、見慣れた無邪気な笑顔だった。
(さっきのは、なんだったのかな。)
「徳重、信長の試合見なくていいの?」
神が依紗に声をかけた。日陰で友人たちと談笑していた依紗は、え、と声を上げて立ち上がる。
「観に…いきたいな。」
「俺も行くから一緒に行こう。」
依紗は友人に手を振ると屋外バレーコートに向かった。コートは既にかなりの盛り上がりを見せており、そのボルテージにやや気後れした。
「なんだろう…1学年しか違わないのにすごく眩しい。」
「あはは、何言ってるんだよ。あ、信長いるよ。」
「本当だ。元気だね。」
チームの中心となって声を掛け合ったり、相手のチームと何事か言い合っては大きな口で高らかと笑っている。その年相応な様に依紗は知らず微笑んだ。それと同時に、小さく胸の奥が痛んだような気がした。
(どうして?)
白熱する試合に、飛び交う楽しそうな声に、依紗も隣に立つ神と顔を見合わせて笑いながら観戦していた。時折こちらに視線を向ける清田に小さく手を振ったりしながら。気付いた清田は明るく笑い返して、手を振り返した。
「楽しそうだね。」
「徳重がみてるから余計に張り切ってるんじゃない?」
「まさか。」
清田が鋭いスパイクを決めれば、コートサイドのバレー部らしき男子が笑いながらブーイングをする。清田はそれに真っ向から反論して爆笑を誘っていた。
試合は清田のクラスが勝利し、クラスメイトと勝利を分かち合い、ハイタッチをしていた。依紗はそれを眺めて微笑む。
「私、そろそろ行かなきゃ。」
「そうなんだ。俺もそっち応援行くよ。」
「神くんバレーだったよね。試合は?」
「大丈夫、少し空くんだ。」
「そっか。」
依紗は、じゃあお先に、と友人たちの元へ駆け出す。神はその後ろ姿を少し眺めた後、清田の方を見た。やがて歩き出すと、後ろから声が飛んでくる。
「神さん!観に来てくれてありがとうございます!」
「お疲れ。」
「依紗さんと一緒でしたよね。」
「うん。徳重はこの後試合だから戻ったよ。」
「そーなんすね!観に行かなきゃ!」
「あはは。元気有り余ってるなぁ。」
はしゃぐ後輩を横目に見て、微笑んだ。
「1組って、すっごく運動神経いい子たち揃ってるよね。」
クラスメイトの言葉にどきりとする。
「そうなの…?」
「だってほら、バスケ部の子、ソフト部の子、それからバド部…」
「待って、聞いてないよ…。なんでバレーボールに行ってくれなかったんだ…。」
依紗は頭を抱えると、友人は、あはは!と笑う。
「お祭りなんだしさ!たのしけりゃいいんじゃない?」
「そうなんだけど。」
「怖いよね〜怪我だけは気を付けないと。」
そうして試合が始まった。前評判通りの球速にとにかく驚くばかりだった。コートサイドのクラスメイトたち。観てる方は気楽でいいな、などと思いながら依紗は駆け回る。
「わ、あ!」
「依紗、ナイス!」
なんとか捕球するも、当たった箇所がじわりと熱を持つ。不格好ながら返球すると、ボールはへろへろと高く舞い上がり、なんとか外野に届く。
「しょぼい〜。」
「そんなことないって、ちゃんと届いてる!」
その後も友人と笑い合い楽しむ依紗を、清田がぼんやりと眺めていた。
「何呆けてんの。」
「あ、や、なんか…いいですよね。可愛いなって。」
「あはは、のろけ?」
「そんなんじゃ!いや…そうなんすかね?」
結果は負けだったが、充実した表情の依紗はクラスメイトたちとハイタッチをする。応援に来ていた男子生徒とも楽しげに言葉を交わし、やがて清田に気付くと、駆け寄る。
「来てくれてありがとう!かっこ悪いところみられちゃったな。」
「そんなこと…あ、あの!」
「え?」
「ちょっと、こっち!」
「なになに、なに?」
急に手を引いて走り出す清田によろめきながらついていく。やがて昇降口にたどり着くと、清田は下駄箱の上から上着を取り、依紗に羽織らせる。
「どうしたの?」
清田は辺りを窺うと、唐突に抱き締めた。依紗は何度か目を瞬かせる。
「…え、え?」
「怪我、気を付けてって、」
「うん、なんともないよ。」
清田は体を離すと、羽織らせたジャージを開く。
「腕、こんなになってる。」
「わ、気がつかなかった。じんじんするなとは思っていたけど。」
少し焼けた白い肌に残る赤。やがては痣となって痛々しい色になっていくのだろう。
「なんかやだ。」
「え?」
「…俺以外にこんな痕つけさせないで。」
「何言って」
「ごめん、」
清田はジャージで隠すように、二の腕に吸い付いた。ボールの痣に紛れるように、小さな赤がひとつ。
「…砂の味がする。」
「の、信長く」
「すみません、少し、焦って。依紗さんがクラスの男の人と一緒にいるのみたら、やっぱ俺なんて所詮後輩だなって…子供だなって。」
「そんなこと、」
「神さんと一緒にいるのでさえ、なんだか…。」
(そんな。)
依紗は頬を紅潮させると、あの、と口を開く。
「私も…自分は歳上で、信長くんの学年の子たちに比べたらなんかこう…新鮮さがないかなって思ったの…。」
「ええ?」
「全然違ったもの、テンションとか。」
「そ、そうっすか?」
「そうだよ。」
顔を見合わせると、どちらともなく笑い合い出す。
「なあんだ、そっか。」
「そうだったんだ。」
「自分ばっかり嫉妬してるのかと。」
重なった声に、更に笑い合う。
「安心した。」
「私も。」
それから、と依紗が加える。
「信長くん、時々すごく大人の顔をするよ。私どきどきする…。」
「うそ。」
「本当…さっきも。心臓が…。」
そう言って、指先で小さな痣をなぞる。
(男の人なんだって、実感させられてしまう。)
「す、すみません!俺!」
「いいよ、いいの。…嬉しい。」
「…よかった。」
清田は微笑むと、そのまま屈んで唇を重ねる。
「ごめんなさい、引っ張ってきてしまって。」
「ううん、ありがと。」
「上着、羽織ってて。」
「どうして。」
「…牽制。」
「ふふ。」
「笑わないで下さいよ!」
「嬉しいよ。」
そろそろ行かないと、と依紗が歩き出す。清田は返事をし、隣に並ぶ。
「バレーボールも出来ちゃうんだね。」
「ほんとはバスケがしたいんすけど。」
「部活で嫌というほどやるのに。」
「嫌になんないんですよー。」
そういうところも好きだな、と依紗が笑うと、清田は微笑んだ。
(それ、その表情が心臓にわるいんだよ。)
その言葉は、口にしない。
モラトリアムを漂って
時折見せる大人の顔を
自分だけに見せて欲しい、だなんて。
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『シンビジウム』の続編です。
リクエストありがとうございました!