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私にまで気を遣わなくてもいいのにな。
「徳重さん、申し訳ないのですが変更をお願い出来ますか。」
3Dで仕上げている最中、設計の松本さんから声を掛けられた。この期に及んで変更か、辟易するな、なんてぼんやり思ったりもしたけど、目の前の彼の方がよっぽど疲れた様子で、かつ申し訳なさそうにしているからそんな気持ちも吹き飛んでしまった。
「大丈夫です。」
「あ…もうそこまで」
「ああ、これはちょっと遊んでただけなんで。」
「遊び…」
「あの!遊びってその、出来上がりを想像すると楽しいって意味です!自分を昂らせていたんですよ!」
「…すごい、こんな風に仕上がるんですね。3Dは触ったことないから。」
想像するしかなくて、と松本さんは苦笑すると、変更点をまとめた資料を寄越す。
「データでも送ってあります。」
「ありがとうございます。…どうしてわざわざ?メール一本で済むことなのに。」
「会いに行ける距離にいるのに、メール一本で済ませるのはどうかと思って。本当に申し訳ないです。」
神妙な面持ちの松本さんに、同じCADオペの先輩たちがくすくすと笑った。
「松本くん口説いてる〜。」
「若い子たちはいいわね。オバサンそういうのみてるだけで潤うわ〜。」
「違いますから!セクハラですからねそれ!松本さんもなんとか言ってください!」
「あはは…。」
困ったように笑う松本さんを尚も笑う先輩たちから庇うように、私は椅子から立ち上がって松本さんを押してフロアを出た。
「…ごめんなさい。楽しい人たちで。」
「楽しそうですね、良かった。」
「よかった?」
「ピリピリしてたらどうしようかと。ああ丁度いい、変更点の説明させてもらってもいいですか。」
「あ、はい。」
比較的静かな廊下で、松本さんの低い声が響く。とても丁寧で細やかなその説明は、彼の能力の高さを感じさせた。以前派遣された会社の設計は頭が固くて高飛車で、わざわざ難しい言葉を使い、分からなくて質問すれば嘲るように笑って説明するような人ばかりだった。
メモを取りながら、そんなことを思う。仕事柄板挟みになる職種なのに、こちらまで気を回せるこの人はよっぽど稀なタイプだ。
「どうかな、伝わる?」
「あ、はい、とても。」
唐突なそのくだけた言葉遣いにどきどきしてしまった。そういうのナチュラルに挟まないで欲しい…。
「何か困ったことや分からないことは連絡ください。内線でも…あ、携帯。」
胸のポケットからペンとメモを取り出すと、ペンを走らせる。
「社用携帯の方が繋がりやすいかもしれません。出張もあるので。」
「ありがとうございます。」
「…って、メールの署名に番号載ってるわ。」
「…そういえば。」
顔を見合わせて笑う。すると松本さんはそのメモに二重線を引くと、別の番号を書いた。
「…これ。」
「はい?」
「私用の方です。」
「えっ」
「…今度、飲みに行きませんか。徳重さんとゆっくり話がしたいです。CADオペさんの思うところ、伺いたい。お願いするばかりなので。」
メモをこちらに寄越すと、じゃあ、と言って階段に消えて行った。私たちCADオペレーターは設備設計と同じフロア、松本さんの所属する意匠設計と、構造設計は上の階。確かに会いに行ける距離だけど、別の階までわざわざ来ることないとも思う。
階段を上っていく革靴の音がよく響く。
都合よく考え過ぎ、どうしよう、どういう意味なんだろう。いくら考えても堂々巡りでどこにも行きつかない。
メモに残る彼の温度が、いつまでも私の心臓をゆさぶって、ゆさぶって。
step by step
あの足音は
近付いているのか
遠ざかっているのか。