翔陽
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たぶん、お前だから嬉しいんだ。
日が落ちて何時間も経っているはずなのに暑い夜だった。カーテンを揺らす風も生温い。エアコンにするか、いやそれはなんか負けた気がする。でも、ああくそ、やっぱり暑い。
エアコンのリモコンに手を掛ける。その時、机の片隅に置いてあった携帯が震え出す。突然の電話に少々驚いたが、表示された名前に溜息をついて、一応、出てやる。
『あ!健司?私私!私だけど!』
ぶつん。
何を言うでもなく切ってやる。それじゃ詐欺じゃねえか、しかも古いんだよ。もっと気の利いた切り出し方があるだろうが。次。
しぶとくバイブ音が響き出す。別にあいつに見えるわけでも聞こえるわけでもないのに、もう一度、今度は深々と溜息をついてやる。そして、受話。
『もしもーし!健司くんのお電話ですかー?』
「違います。」
ぶつん。
全然面白くない。なんなんだこんな時間に。良い子は寝る時間だろーが。あと1時間もすれば日付が変わるじゃないか、こんな時間まで何やってんだ馬鹿。なんて、自分の事は棚に上げて悪態をつく。いや俺は勉強してるから良いんだよ。
携帯が沈黙した。一向に鳴る気配はない。二度にわたりにべもなく断ち切られ、依紗があっさり引き下がるとは到底思えない。なのに、この不可思議な沈黙はなんなんだ。気持ちが悪い。くそ、折り返すべきか、いやそれは依紗の思惑通りなんじゃないのか。
…続きをやろう。キリのいいところまでやったら、考えよう。
エアコンを作動させるはずだったことをすっかり忘れて参考書と向き合う。自分で言うのもなんだが、この切り替えの早さと集中力は大したものだと思う。
添削まで終える頃、その時はやってきた。唸り出す携帯、表示されるあいつの名前。絶対に問い質してやる、これは一体なんのつもりかと。
『もしもし!』
「いい加減にしろよ、なんだってんだいった」
『誕生日おめでとう!』
「…………はあ?」
机の置き時計に目を遣る。てっぺんを越えていた。黙ってしまった俺を気にせず電話の向こうから明るい声が聞こえて来る。
『いちばんにお祝いしたくて!どう?いちばんだった?』
「……。」
『健司?寝てる?』
「寝てねー…。」
…そうか、俺誕生日だったか。
小学生くらいまではこの日をわくわくと待ち侘びて、ケーキやプレゼントに胸を躍らせていた。中学、高校と歳を重ねていけば感動は薄くなるし、喜ぶこともなんとなく憚られた。
『あれ、なんか疲れてない?』
「依紗がこんな時間に電話かけてくるからだろ。」
『はあ?』
「おーおー柄わりいな。残念ながらいちばんは高野からのメールだ。」
『うっそ、負けたー…。』
「…はは、うそうそ。お前がいちばんだったよ、ありがとな。」
『下手な嘘つくんじゃないよ。…どういたしまして。』
「なんで1時間も前にかけてきたんだよ。」
『起きてるかなーって。あと、気になって眠れなくなるでしょ。』
「お前にしちゃ戦略的だな。」
『実際起きてるし。』
「バーカ、おベンキョーしてたんだよ。」
『うそ、本当に?』
「そーだよ。」
そこで少し黙った。おいおい、なんだよ。
『…おつかれ。』
「お、おお。」
『無理しちゃダメだよ。』
「してねーよ。」
『はいはい。程々にね。』
「…おう。」
少し息が混じった声に鼻白んだ。急にそんな声出すなよ、心臓にわりーんだよ。
じゃあね、と通話が断たれる。こちらの様子を見透かしたようなその言葉たちに、その声に、甚だシャクな話だがどきどきしてしまった。
夜風にカーテンが翻る。
先程までの生温さはなく、気の利いた涼しさで俺の髪まで揺らした。ぱた、と風で参考書が力なく閉じる。早く寝ろと言わんばかりだ。
窓に映った表情はいくらか機嫌が良さそうで、いいことあったか色男、いや俺なんだけど、なんて心の中でやりとりしてしまう程度には浮かれていた。
手元の照明を消して、タオルケットにもぐる。そしてひとつ心に決めて眠りについた。
朝がきたら、いちばんに会いに行こう。
Ring!Ring!!Ring!!!
そしてねだってやるんだ、
あいつ史上最高のキスをな。
俺の邪魔をした罪は重い!
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SDワンライ参加作品。