大阪
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昼休みにピアノの音が聞こえた。
たまたますぐ下の階の資料室に用事があってやって来た別棟。
力強く、繊細で、それでいて流れるような調べだったが、なにやら違和感もあって。
知らず、足が向いていた。
音楽室の古びたピアノ。高校生にもなると音楽の授業なんてものは1年の時に、申し訳程度にやるくらい。単位のために受けただけでなんの思い入れもなく、教室の様子だってうろ覚えやった。
一段高くなったそこに置かれたピアノを自由自在に弾いていたのは、クラスメイト。女子の少ない理系のクラスで、いつも教室の片隅で女友達と談笑するか、本を読んでいる女子。関わることのないタイプやったからまるで印象がなかった。
しかし、これはまた鮮烈な。
「うわ、びっくりした!」
「おう、スマン。…いまの、なんて曲やっけ。」
弾き終わってこちらに気付き、ひどく驚いた様子で立ち上がる。俺は一番後ろの机に腰を掛け、腕を組んで尋ねる。
「バダジェフスカの、乙女の祈り。」
「ばだ…。」
最初の呪文はようわからんけど、乙女の祈り、は聞いたことあった。
「それ、ピアノなんかおかしない?」
「あはは、そうなの、ここ…シのフラットがおかしなっとる。」
他の音はポーンとうまく響くのに対して、その音はハンマーの力が弱いのか、気の抜けたような音。
「他になんか弾けるん?俺が分かりそうなやつ。」
「うーん…。」
そう言って徳重は椅子に座り直すと、軽快な音が転がり出す。おお、これは知っとるで。
「サバダバダ、やな。」
「は?」
「みーどーふぁーどーれっしーそらお〜」
「ドーレーミファーどーなっつ」
「じゃじゃまるぴっころぽーろーり〜」
「にこにこぷんがーやってきた〜」
弾きながら歌う徳重はなんと器用なことかと感心する。
「ふしぎなあのこはすてきなこのこ〜」
そこで、ジャン、とキリをつけると愉快そうに笑っていた。
「南くん、なんでこの歌知ってるの?」
「…甥と姪が聞いててん。」
「え、」
「歳の離れたねえちゃんがおるんや。近所に住んどるから時々子守させられる。このテの歌は耳タコや。」
徳重はまた笑った。よう笑うやんけ、知らんかったわ。
「意外やな…。南くんが子供と…ふふ。」
「そんなおかしいか。」
「ごめん、南くんのことちゃんと知らなかったから。」
「…俺もやけど。」
いかにも図書室が似合う大人しそうな女子とはどんな会話してええかわからんからあんまし関わらんかった。こいつも、そう。そう、だと思っていた。
「行き詰まったらピアノ弾きにくるんよ。」
「へえ。」
そう言って、蓋を閉める。
「今日は一段とスッキリしたな。おおきに。」
そう言って教室を出て行った。
あまりの颯爽とした様に、見惚れてしまった。
それから俺は、昼休みに徳重の姿が見えないと音楽室に向かうようになった。いつからか一番前の机に腰掛けて聞くようにもなって。
相変わらずピアノはおかしいままだけど。
「アレ弾ける?桜の花入れたりするやつ。」
「銀ちゃんのラブレターやね。」
俺の注文する曲をなんでも弾いた。こいつジュークボックスみたいやな。
「徳重、音大でも行くんか。」
「ううん、私は保育科の大学狙っとる。」
「だからこの類は勉強しとんか。」
「それは関係ないよ。南くんのリクエストに応えられたら楽しいなぁ思て。」
その返事に驚く。きっとこいつは深く考えてへん、勘違いしたらあかん。そう思っていても気持ちはいうことをきかない。
俺のリクエストを弾き終えると、今度はまた違う曲を弾き始める。これは、たしか。
「どこかすましているけれど、」
一緒に遊んでさよならしたら、涙が、ぽろんぽろん。
「会いたいな、会いたいな、明日もきっと会いたいな…」
…俺に向けてくれてたらええのに。
「はい、おしまい。」
蓋を閉めて、立ち上がる。
「…なあ、今度映画行かへん?」
「え?」
「今度は俺の息抜き付き合うてや。」
「ええけど。岸本くんはええの?」
「はあ?」
「仲良しやんけ。私よりもよっぽど楽しない?」
「なんでや…あいつと映画行ったってなんも楽しないわ…。」
「それに南くんと映画行きたい女の子なんてごまんとおるで。それこそ、仲良い子おるやん。」
確かに、他のクラスの女子でよう喋るやつは何人もおる。
「俺は徳重がええねん。」
これで気付けや、少しくらい。
「そうなん…?」
そうなんやって!なんでそんなめちゃくちゃ険しい顔すんねや!
「一緒におって楽しいし、もう少しゆっくり話をしたいと思ったんやけど。」
「そうやな、私ももう少し南くんと話してみたいかも。」
お、おお!そうかそうか!
「岸本くんも誘う?」
「なんでやねん!」
「びっくりした。だって、大勢の方が楽しない?」
「あいつに関しては楽しないわ…。」
前途多難やなこれは。
あしたははれる
すきだから。
きみが、すきだから。
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Twitterにてリクエスト頂いたものです。
アピールしてるつもりなのに全然気付かない恋愛に疎いヒロイン。
ありがとうございました!
*引用
(タイトル、一部フレーズをお借りしています。)
・「おかあさんといっしょ」のトルコ行進曲
・銀ちゃんのラブレター
・ふしぎなあのこはすてきなこの
・あしたははれる