大阪
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些細なことでキーキー言うような女になるのは、嫌だった。
予備校の講義が終わる。辺りはすっかり暗くなった。夏も終わり、秋が深まるにつれ日が短くなっていく。殆どの3年生は受験に向けてまっしぐら。ただ、私の彼氏のように、国体だとかのためにまだ部活に顔を出しては練習に精を出す人間も居る。かなり少数派だとは思うけど。
「肩凝る…。」
参考書を入れたショップバッグを肩に掛け、家路を急ぐ。帰ったら夕飯を食べてお風呂に入って。また明日が来たら学校に行くんだ。淳に電話してもいいかな、お疲れ様だけ伝えて…。
ぶちん
「え、」
急に肩の重みがなくなった。足元に散乱する参考書、レジュメ、しまりが甘かったペンケースとそこから飛び出る文房具。驚きもしたし、落胆もしたし、行き場のない苛立ちもあったが頭は妙に冷静で。溜息をついてしゃがんで、まずはペンケースとその中身から片付けていく。
通り過ぎていく人々はこちらを見るけれど、声を掛けることも助けることもしない。別にいい、期待なんてしていないし、このくらいひとりで解決できる、些細なことだ。
「すごおい。なんのお店?」
呑気な声が響いて、目の前にしゃがむ。顔を上げるとそこにいたのは
「淳…。」
「依紗、おつかれさん。大丈夫?」
丁寧に参考書を集める淳。ショップバッグの残骸を見て笑う。
「切れちゃったん?災難やったね。」
「ん…仕方ないね。」
「それ使ってくれてるんや、嬉しいなぁ。」
「それは…よかった…。」
そのショップバッグは、以前淳がくれたプレゼントを運ぶのに使われていた。ストールと、可愛らしいぬいぐるみが入っていたなぁ。今ではこんなに味気ない物を入れられて、災難はこの子だよ。
「練習終わってから連絡したんやけど返信ないから、頑張ってるんやなぁと思って。迎えに来ちゃった。」
荷物を全てしまうと、淳は紐の切れてしまったそのバッグを片手で抱え、空いている方の手をこちらに差し出す。
「…ね、依紗が1人の時は、僕も1人なんだよ。依紗が寂しい時は、僕も寂しい。」
いつまでも手を出さない私に痺れを切らし、やや強引に手を繋ぐ。
「だから、会いたいとか電話したいとか言ってもらえたら、むっちゃ嬉しいんよ。僕も会いたい。僕も声が聞きたい。」
「本当はこの場で依紗のこと抱き締めたい。」
でも怒られるのは嫌やからなぁ、と苦笑して歩き出す。
私たちの横をすり抜けていく人たちはみんな他人で。こっちを見ているようで見てなんかいない。
「…ある意味、2人きりなのかな。」
「ん?なんか言った?」
「ううん。なんも。」
「なになに、教えてや。」
「いややわ。」
言ったら本当に抱き締めてくれるから。
そんな風に甘えるのは嫌だから。
「ねえ、」
「うん?」
「週末は練習忙しい?」
「日曜なら空いとるで。」
「その日、会いたい。淳と一緒に居りたい。」
「…喜んで。」
少し驚いてこちらを見下ろす淳は、すぐに照れたように笑った。あ、喜んでる。いいんだ、会いたいって言っても。いいんだ、一緒に居りたいって言っても。
「私が寂しい時は、淳も寂しいんや。」
「せやで。」
「…ん、わかった。」
「わかった?ほんまに?」
こちらを覗き込むようにして体を屈めて、首を傾げた。
「わかったよ、」
軽く唇が触れ合って。
「そんならええんやけど。」
そう言って満足したように笑った。
mot
言葉にしないと伝わらない事が多過ぎる。
だから人は言葉を作ったんだろうな。