湘北
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まるでプロポーズみたいだと思った。
結婚記念日、ってのは入籍の日なのか挙式の日なのかって話をしたのはまだ恋人同士だった頃のこと。洋平は目を細めて、どっちでもいーよ、なんて笑った。どっちでもいいなんてことないでしょ、決めようよ。そんな話をして、入籍した日を記念日にした。
そして、その日がやって来た。
いつものように仕事を終え、帰宅して、洗濯物を取り込んだら夕飯の支度を始める。今夜は遅くなるのかな。洋平はあんな調子だから要領よく仕事をこなしてしまって、他の仕事まで請け負ってしまうお人好しなとこがある、きっとそうに違いない。
「でも、今日くらいよくない…!?」
すっかり冷めてしまった夕飯を前に、私は貧乏ゆすりをしていた。部屋には時計の針の音だけが響く。
カチカチ…
日付が変わってしまうんじゃないだろうか。
テレビを観る気にもならない、かといって雑誌を読む気にもならない。私は今日という日を楽しみにしていた!なんだか悲しくなって来た…もっと言うとそれを通り越して怒りを覚えている!
解錠する音が聞こえた。反射的に立ち上がり、玄関に駆けて行く。
「ただいま。」
「おかえり。」
「遅くなっちまって悪かったな。」
そう言って苦笑いした洋平が真っ赤な薔薇を一本差し出した。
「結婚記念日。1年なんてあっという間だったよ。」
1本の薔薇を際立たせるように、それでいて華やかなラッピングのそれ。私はじっと見つめ、言葉を失っていた。洋平はそんな私を覗き込む。
「依紗?」
その声にはっとして洋平の方を見る。目が合うと、へら、と笑って、ほら、と花を揺らした。
「いつもありがとな。依紗のお陰で俺、頑張れる。」
さっきまで悲しいやら腹が立つやらいろんな感情が渦巻いていたのに、その言葉のせいでぜんぶぜんぶ溢れてしまう。
「嬉しい…っ」
「なあんで泣くかなぁ。」
洋平は呆れたように笑うと、持っていた通勤用の鞄を置いて、私を片手で抱き寄せると背中をとんとんと優しくたたく。
「泣き止んで、これを受け取ってくれよ。日付がかわっちまう。」
私は、ず、と鼻をすすって洋平から離れると、改めて差し出された花を受け取った。
「ありがと…。」
「こちらこそ。」
「1本の意味ってなんだっけ。」
「え、本数で意味とかあんの。」
「あるよ。」
「俺、1回めの結婚記念日だから1本にした。」
「ええ!」
「毎年増えるよ。でも、一緒に見に行って買おうぜ、依紗の好きな色の薔薇を飾ろう。」
笑いながら靴を脱ぐ洋平に、私は首を捻った。
「こんな時間に花屋さんやってないでしょ。」
「あはは、秘密。」
楽しそうに笑う洋平を見ていたら、まあそんなことはいいか、なんて思って手の中の薔薇を眺める。真っ赤な一輪の薔薇、その意味は。
あなたしかいない
たとえ知らなかったとしても、私は嬉しいの。