陵南
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なんだって私がこんな想いしなくちゃならないんだ。捨ててやる。なにもかも、棄ててやる。
些細なことだった。取るに足らないことで口論となり、最終的に別れに辿り着いた。1人残された教室で、手の中にある本命チョコを眺める。こんなもの、もう必要ない。
ゴミ箱の前に立つ。
不器用ながらも懸命に整えたリボンの端、決して得意でない製菓、全部全部水の泡だ。時間も想いも全て無駄。
「バイバイ。」
振り上げた手を、誰かが掴んだ。そちらに振り返ると立っていたのは、
「それ、捨てちまうの。」
バスケ部の、仙道。
万年モテ期のその男はその評判に違わぬ有り様で、片手にA4の書類は軽く入るようなサイズの紙袋が二袋。その中からは溢れんばかりのリボンたち、色とりどりの包装紙が顔を覗かせている。
「そーだよ。離してよ。」
「どうして。要らないなら俺にくれよ。」
「要らないでしょ、そんなにあるじゃん。」
「要る。徳重のが欲しい。」
「はあ?そうやって女の子口説いてんの?」
「はは、よく言われるけど違うよ。」
八つ当たりだ。ただただこの行き場のない感情をどうにかしたくて、こいつにぶつけてるだけ。別にこいつにどう思われようが関係ない。
仙道は悲しそうに眉尻を下げた。たしかに私は酷いことを言っている、傷付いたっておかしくない。でも、こいつの表情はそういうんじゃない気がした。そんなことは言われ慣れているという雰囲気だし。
「でもこれ、あんたへの想いは一ミリも入ってないよ。」
「いいよ、一ミクロンくらい入っていれば。」
「ないって。」
「それは残念。」
すっかりその笑顔に毒気を抜かれてしまう。しかし私も意地になっていて、手首は動かないまでも指先は動かせるので、自分の持っていた小箱をゴミ箱めがけて指で弾く。
「あっぶねえ。」
仙道は目敏くそれに気づき、放たれたそれを受け止めた。解放された私の手が情けなく垂れる。
「なんでそんなに執着するのよ。あんたには関係ないじゃない。」
仙道は私から一歩離れると紙袋を静かに床に置き、私の本命チョコを慈しむように眺め、こちらに差し出す。
「あるよ。俺は徳重をずっと見てた。」
いつまでもそれを受け取らない私を見兼ねて、大きな一歩で一気に間を詰めて来る。私の手を掬い上げると手の平にその箱を置く。
「俺は徳重から本命が欲しい。」
「やめてよ、私には」
「別れたんだろ。だったらいいじゃないか。」
「…っ、なんで知って」
「聞こえた。不謹慎だけどチャンスだと思った。」
掬い上げられたその手に力がこめられる。もう片方の手が、頬に添えられる。
「俺を見て。俺は依紗が好き。ねえ、依紗の心、俺にちょうだい。」
ゆっくりと、私が逃げられる速度で近付いてくる。ずるい男だ。こんなの、逃げられるわけない。唇が触れ合うほんの少し手前で私は口を開く。
「…あげない。私の心は私のものだから。」
「でも、」
「仙道のこと、好きになりそうだよ。…困ったな。」
その言葉に、仙道は少し驚いた顔をした。しかしすぐに笑うと、軽くキスをする。
「嬉しい。」
そう言うと、頬に添えていた手を頭の後ろに回す。私も空いている方の手を仙道の背中に回した。どうして彼が私を好きになったのかは分からないし、まだまだ仙道について知らないことばかりだけど、これから知っていきたい。
いつでも逃げられるような口付けを繰り返す彼の愛を、信じたいと思ったから。
誰かへの愛はもう棄てた。
からっぽの手に貴方への愛を抱く為に。
手のひらを空にして
ところでその贈り物たちはどうするつもりなの?