海南
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私は清田信長を誤解していたのかもしれない。
「徳重!」
部活も終わって帰ろうかという頃、背中から声が飛んできた。まただ。にこにこと笑いながら大きく手を振る仕草は、犬が尻尾を振っているそれとよく似ていると思う。なんとなくだけど。クラスの子なのかな、男女何人かと楽しそうに談笑していたようだった。その子たちに手を振ってこちらに駆け寄ってくる。
「お疲れ。」
「お疲れ!駅まで一緒に行こうぜ!」
なんで、の言葉は飲み込んだ。すでに何回か繰り返した問答だったから。
「なー徳重、週末うちで練習試合あるんだけどさ、見に来ねえ?」
「私も練習あるからなぁ。」
「そっかー。お前、ソフトやってる時ほんっとかっけーよな!守備位置とかどう考えてんの?」
「え?」
清田がバスケ部なのはよく知ってる。でも私は彼がプレーしているところを見たことはなかった。そんな彼は、私のプレー中の姿を知っていた。
「守備位置だよ、ボールが飛んでくんのなんて一瞬だろ?」
「あ、ああ…そりゃ、経験から来る勘じゃん。直感。」
「おおーわかるわかる!あと野生の勘!」
「それはあんただけ。」
そーかそーか!と言いながら、かかかと笑う。うるさい奴だとは思うけど、決して悪い奴ではないのよね。
話しながら歩いてると、あっという間に駅に着く。最近、本当にあっという間だと感じるようになった。
「じゃあね。」
「…なぁ徳重、俺、やっぱお前のこと好きだよ。」
「ん、ありがと。でも、私はそういうのじゃないんだ。」
これも、すでに何回か繰り返したやりとりだった。
「…わかった。でも俺諦めねーから!またな、徳重、気を付けて帰れよ!」
その度に清田はこうして反対方面のホームへ消えていく。私だって心が痛まない訳ではない。でも、本当にそういうんじゃないんだ。
じゃあ、どういうのだと言われると、困るのだけど。
週末、いつも通り練習があった。休憩の際、無意識に体育館へと向かっていた。
開け放たれた扉という扉から、バスケ部以外の人影が見えた。何校か来ているのか、色々な制服の生徒が居る。私は中には入らずに外から眺めるだけにした。
清田の姿はすぐに見つかった。結われた髪が尻尾のように揺れる。普段のおちゃらけた感じとは全く違ったそのオーラに、驚いて言葉を失った。
真剣だった。とにかく真剣だった。
背番号から察するにキャプテンと思しき先輩に乱暴に頭をかき混ぜられると、すごく嬉しそうな顔をしているのも印象的だった。まるで恋でもしているかのように無邪気で。
私は彼のことを殆ど知らなかったけど、たったこれだけの時間で沢山のことを知ったような気がした。ただのうるさい奴じゃなかった。
なんだかすごく、遠い存在のようだった。
「徳重?」
どのくらいそうしていたのかは分からなかったけど、どうやら休憩に入っていたらしい。清田が目の前にいて、こちらを覗き込んでいた。
「大丈夫か?暑いし、気を付けろよ。」
「え、あ…うん、ありがと。おつかれ。」
「おう!見に来てくれてサンキュー!」
いつも通りの清田に、なぜだかホッとした。その笑顔に、不思議な安心感を覚えていた。
「お前休憩?時間大丈夫?」
「…あ、いけない、行かないと!」
「なぁ、今日、一緒に帰れる!?」
「うん!」
それだけ言って踵を返した。反射的に承諾してしまったけど、不思議とわくわくしている自分がいた。
「悪い!遅くなった!」
「いいよ、おつかれ。」
校門で待っていると清田が慌てて走って来る。お互いに部活のジャージで、いつもと違う感じに笑い合う。
「なんか新鮮かも。」
「確かに。初めてだね、休日部活の後は。」
「はは、本当だ!」
清田の、練習の疲れを感じさせない明るさにはこちらもつられて笑ってしまう。
「徳重、なんか雰囲気違うな。」
「え?」
「いつもより、よく笑ってる。」
「そうかな…?」
清田は、にしし、と笑って頭の後ろで手を組む。そしてこちらを見下ろす。
「どーだった?」
「バスケ部って本当に強いんだね。」
「だろ!」
「うん、改めて実感した。特にキャプテンさん、すごいなぁ。」
「おう!牧さんはすげーんだぞ!」
キャプテンの牧さんのことになると、急に目が輝いた。こんなに慕われたら悪い気しないんだろうな。
「俺は?」
「…うん。」
「なんだよそれ!」
「あはは、かっこよかったよ。」
「うそくせー。」
本当なのにな。
でも、まともには言えないな、なんだか…。
「ねえ清田、まだ私のこと好き…?」
「好きに決まってんだろ!諦めねーつったじゃねえか!」
肩を掴まれて、真顔でこちらを覗き込むようにして言ってくる。気が付かなかったけど、私は俯いていたみたい。
「っはは…うん、知ってる。」
「お前は?」
「え?」
「お前はどうなんだよ。」
「私は…。」
答えは出ていた。清田のことをもっと知りたい。もっと、教えて。
「…好き、みたい。」
その瞬間、視界にはジャージの山吹色が飛び込んできた。腕が背中に回され、力一杯抱き締められる。
「よっしゃ!粘り勝ち!」
「ちょっと!離して!」
「やーなこった!」
駅まではもう少し歩かなきゃいけないんだけど、清田があまりにも嬉しそうだったから、もう少しこのままでもいいかなって、目を閉じた。
きみのかち
(後からやってきた清田の先輩に散々からかわれた。)
(思わず清田をぶん殴ってしまった。)