大阪
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世界中の時を止めて
あなたと見つめ合えたら。
…なんて、願った日もあった。
大学3年の、夏の気配を感じる頃だった。高校時代の演劇部同期が、所属した劇団で初めて名前のある役を取ったというので観に行った。その頃仲の良かった演劇部OB仲間で、いくらか歳上の先輩と一緒になったのだが、大変なことに私はその人のことが好きだった。そのためこんな偶然が重なったことを、いるかどうかもわからない神様に感謝したものだった。
観劇後、カフェでお茶しながらその公演の話で大いに盛り上がって楽しい時間を過ごした。ミルクコーヒーの氷が溶けて分離してしまうくらい、夢中になっていた。彼は昼を食べ損ねた、と言ってクロックムッシュを頬張る。その姿が妙に絵になって忘れられない。
かけがえのないあなたの、かけがえのない人になっていきたい。不器用にしか振る舞えなくたって、一途な愛なら誰にも負けない。そのくらい、想っていた。
そんな彼に恋人がいると知ったのは、いよいよ夏が本気を出し始めた頃。恋人かどうかまでは、定かではない。ただ、並んで歩く姿を見て、自分が入り込む隙間なんてないと感じた。
その人にしてるみたいにきつく抱いて欲しい。そんなことを思ってみたって、虚しいだけだった。
あの日と同じカフェで、アイスミルクコーヒーと、クロックムッシュを頼んだ。あの日と同じようにミルクコーヒーは分離してしまっていた。クロックムッシュをかじっては皿において、またかじっては皿において。壊れたゼンマイ人形のようだった。冷めてしまって固まったチーズはあまり美味しくない。涙が出そうになるのを何度堪えたかわからない。
「向かい、ええ?」
プラスチックカップいっぱいのカフェラテがテーブルに置かれた。顔を上げると、高校の同級生だった土屋が返事を待たずに座った。私は慌てて冷めてまずくなったクロックムッシュを口に詰め込む。
「そんな慌ててどうしたん。」
「ちょっとまって。」
「うん、ゆっくり食べて。喉につかえんで。」
楽しそうにこちらを眺める土屋は、私の口の中に何もなくなった頃に口を開いた。
「僕、あの日たまたまバイトの日やってん。依紗ちゃんが劇部のOBと一緒にいるのみて。」
飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになるのをどうにか耐える。なんだって、なんてところを。
「ここでバイトしてるんよ、たまにだけど。今日も終わったとこ。」
「あ、そう…おつかれさま…。」
「ふられたん?」
「そんなんじゃない。」
「じゃあ、どんなん。」
「どんなん、て…。スタートラインにも立てへんかったわ。」
つうかなんであんたにこんな話せなあかんのよ、というと土屋は笑う。
「僕が徳重を好きだから。」
「…はあ?」
「別にその人のこと忘れなくてもええから。とりあえずで僕と付き合ってみよ。」
そんなんで始まった私たちの恋愛は、気付けば真冬になっても続いている。相変わらず私はぐずぐずと煮えきらない態度でいるし、それでも土屋はにこにこと笑っている。
映画を見て夕飯を食べて、今日も帰ろうかという雰囲気で、土屋は少し遠回りしよ、と公園に誘う。人気のない公園のベンチに座ると、隣に座るよう促す。私が首を捻るばかりで座ろうとしないので、土屋は私の正面にくるよう座り直して、私の両手を握った。
「なんで、他に好きな人がおるような人のことを好きになってしまうんやろうな。」
その言葉にどきりとする。土屋は少し悲しそうに微笑んだ。
「なんで、忘れられへんのやろ。」
「そんなの、好きになってしまったから仕方ないやんなぁ…。」
ぎゅう、と私の腰に抱きついた。自分に言ってるの?それとも私に言ってるの?
「忘れてしまえたらええのに。そう思っても、無理やもん。僕も、依紗ちゃんも。」
その言葉が私の胸の奥に降りつもる。心に染みて、涙になる。手の甲で拭おうにも土屋が握っているからこぼれ落ちてしまう。髪が濡れる感触に顔を上げた土屋が、ぎょっとして慌てて立ち上がった。
「僕のせい?」
「せやで、ひどい男や。」
「……なんとでも言ったらええよ、僕のせいでも僕のためでも、その涙は僕のものだから。」
手を離して、私の頬に添えると親指で涙を拭うと、そのまま口付けた。
「他の男のために泣かないで…… 依紗。」
やや切羽詰まったような声でそう言って、抱きしめた。
飄々としていて掴みどころがなく、いつもなんに対しても余裕綽綽なこいつが苦手だった。いつもいっぱいいっぱいの私とは大違いで。だからいつもちゃんと向き合おうとしていなかった。こんなに想われていたことにも気付かないくらい、彼から逃げていた。
「……不安にさせてごめんね。もう、大丈夫、ちゃんと土屋のこと…淳のこと、みてるよ。」
いるかどうかもわからない神様、見つめてて。生まれたての愛を永遠に大切にするから。
永遠が無理でもせめて、この恋に終わりが来る時までは、ずっと大切にするから。
Be my STEADY
あなたのために生きていきたい。
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夢書き仲間企画もの。
以下楽曲よりフレーズをお借りしています。
(敬称略)
STEADY
White Love
(いずれも歌はSPEED、作詞は伊秩弘将)