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持て余す、感情
「依紗ー!買い出し追加ー!」
「待って待って、腕がもげます。」
高校初めての文化祭、中学の時とは比べ物にならないくらいクラスの熱は高かった。当日が迫ってくると部活動自体が休みになるくらい。総力を結集しての準備、持てる力のかぎりをつくしたオモテナシ。そういうのはとても好きだし張り切る場面であるにもかかわらず、私はといえばクラス企画の準備はほぼ免除なのだ。非常に不本意だ。
高校球児をアルプスから応援したいがためにこの学校を目指し、吹奏楽部に入った。わが校野球部は県内トップクラスの強豪、甲子園常連だ。吹奏楽部もその成績は全国レベルだし、当然のことながら甲子園に出しても恥ずかしくない迫力のサウンドである。よってクラス企画の準備は免除。せいぜい雑用のみ。こういう特例部活動は野球部、吹奏楽部、そして。
「森重ー、依紗の腕がもげちゃうから一緒に行ってあげて!」
男子バスケ部だ。中でもこの森重という男は県も全国もざわつかせたとか。でもごめん、私野球と楽器のことしか知らないの。ほんとごめん。
「ん。」
のっそり、という言葉が適当だろう。こちらを見下ろすその男にやや鼻白むが「いこっか。」と言えば「ん。」と答える。大丈夫か、ほかに何かないのか。
「じゃあ森重はこっちのリスト。全部かごに入れたらここにまた来て。」
「ん。」
「私もこんだけ集めたらここに来るから。会計しようね。」
「ん。」
「あのさぁ……や、いいわ。じゃ、いったん解散。」
広い100均の売り場で手分けして必要なものを探す。森重って普段どういう生活してるんだろう。まともに会話できるのか。大体何食べたらあんなに大きくなるわけ。そんなことを考えながらリストを消化していく。
「あれ、名朋の子?」
森重に関する考察と調達作業であまり周りを見ていなかった。しゃがんで下段の棚にある商品を品定めしていたら不意に声をかけられる。顔を上げれば男子高校生何人かが立っていた。
「あ、文化祭の準備だ!」
「いついつ?行っても良い!?」
「うちにも来てよ!」
制服に詳しくはないので市内の男子高校生、ということくらいしかわからない。馴れ馴れしさとその勢いに完全に気圧されて言葉に詰まってしまう。どうしよう、こういう時どうしたら、
「徳重。」
森重がこちらにやってくる。さすがに気付いたらしい。規格外の体格をした男に男子生徒たちはたじろいでいる。
「ただでさえ小さいのにしゃがんでたら余計にわからない。」
な、な、な、な、なんて失礼な!
「あんたから見たらみんなミクロなのよ!どう見えてるか知らないけど私ちゃんと平均身長ある……ええと、多分あるから!」
カゴを持つと勢いよく立ち上がり、漫画みたいにまくしたててやる。が、森重の目線は別の方向だ。この野郎、聞いてないってことか!
きゃんきゃんと吠える小型犬よろしく、徳重はこちらを見上げて文句を言う。それは軽く流して、問題は後ろの連中だ。どこの学校かはわからない、学年だって知ったこっちゃないがいけ好かない。
「店の中であんまり騒ぐなよ。」
空いている方の手を取りレジの方へ向かう。リストの物は選べたのか、その確認をしようと見下ろすと驚いたような表情の徳重と視線がかち合う。我に返った徳重は何度も目を瞬かせるとへらりと笑った。
「森重、ん、以外言えるんだ。」
てか私の名前覚えてんだ、びっくりした!と言うので、クラスメイトだしそりゃ覚えてるだろ、と返すとなおも笑った。
「なあんだ、森重って会話出来るんじゃん。もっと喋ってよ。さっきのチビ扱いは不問としてあげてもいいよ。」
「別にどっちでもいい。」
「はあ!?もっと愛想よくしなよね!そこは、あーよかった、とか笑うとこでしょ!」
会計を済ませて袋に詰める。腕がもげるらしいから全部持とうとしたが、なぜか詰られる。
「真に受けなくていいから!冗談のひとつも通じないの?」
「もげるんだろ。」
「ん?むしろいじってきてる?わかんないわね!バスケ中じゃないんだからもっと顔に出して!」
そう言って1番軽そうな袋を手に取った。ちゃっかりしている。別に構やしないけど。それにしてもこのやりとりはなんとなく初めてではない感じがした。誰かともこんなやり取りをしたような。
「ねえ森重、ちょっとこれ持ってみてよ!」
レジ袋から星のついたステッキを取り出してはしゃぐ。一体何に使うのか全く知らされていないそれをこちらに寄越すいたずらっぽいその笑顔、嫌いじゃない。が、受け取らない。無視して歩き出せば、ノリ悪いってば!とのことだ。
ああ、そうだ。星。諸星さん。
国体の選抜練習の時、なにかと話しかけて来ては世話を焼いてくれたあの人みたいだ。チームメイトとの仲立ちをしてくれた、あの人。そこにいるだけで気持ちを明るくする、自分とはまるで反対の空気をまとっているあの人とどこか似ている。大きく違うのは、徳重は女の子で、自分よりうんと弱いということ。
さっきから指先が熱い。
あの場から連れ出すためとはいえ、触れ合っていたことは紛れもない事実で。今まで抱いたことのない感情が湧き上がるようだった。知らない、けれど、ずっとあった。そんな不思議な感情。
指先からはじける愛しさ
いつまでも、熱い。
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名朋のモデル校が愛工大名電という噂をきいて。
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