第三十九話 友達
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(ど……どうしよう…)
部屋に戻ってすぐに着替えた。テーブルに散らばっていた雑誌やメイク道具なども片付けた。朝起きて捲れたままになっていたベッドも綺麗に整えた。見られて恥ずかしいものはこれで無くなった。
(これで出迎える準備はできたけど……)
ナマエ自身の心の準備がまだだ。何を話すかを考える暇もなく、ナマエの焦りも空しく部屋の扉がノックされた。
「はいっ!どうぞっ!」
「……お邪魔します。」
ナマエの返事の後、部屋に足を踏み入れた釘崎は……色々なことに驚いた。釘崎の中のナマエのイメージは、『THE 女子』だった。髪型やメイクの印象、身綺麗にしていること、そして顔立ちの雰囲気からさぞかし女の子らしい部屋なんだろうと踏んでいたのだ。それが……
部屋に入ってすぐに感じた畳のような香り……それは、い草でできたラグマット(と呼んでいいのか不明な)敷物だった。その上に鎮座するのは、総檜だろうか…恐らく一枚板で仕上げられている、値段を聞いたら立ちくらみをしそうな予感のする立派な装丁のテーブル。表面の艶と年輪の模様が立派すぎる。そばにある座布団もなんだか凄い。金色がチラつく刺繍のようなデザインは、釘崎にはよく分からない代物だが多分『なんとか織り』の立派な物なのだろうと思った。
さらに、持ち手の装飾が凝っている桐箪笥に、絶対に既製品ではないだろう自然の木の形を生かしたハンガーラック。
(イメージが……違いすぎる……)
そしてこんな部屋だが、寝具だけは何故かベッドだった。それでも部屋の雰囲気を壊さない和を意識したデザインなので全く違和感は無い。驚きはしたものの、どこか懐かしく田舎を思い出す雰囲気に、釘崎は嫌な気はしなかった。祖母のいる実家も純和風の家だったからかもしれない。……家具の価値は天と地ほど差がありそうだが。
「意外ね。こういう部屋だとは思わなかったわ。」
「あ…これは私の趣味とかじゃなくて実家が勝手に……。」
「……あー。」
そういえば名家のお嬢だったわ、とすぐにその理由に納得ができた。
「あ、どうぞ…すぐにお茶淹れるから座ってて。」
「ありがと。」
促されるまま座布団に腰掛けナマエの事を待つことにした。しばらくして緑茶のいい香りがしたと思えば、ナマエが釘崎の前にコトリとその湯呑みを置いた。
「どうぞ、お土産でもらった京都のお茶だから美味しいはずだよ。」
「へー、いただきます。」
ズズ…と一口口にして、鼻に抜ける香りで分かった。これ、かなりいいお茶なんじゃない?と。
「……おいしい。」
「よかったぁ。」
ホッと安堵しながらナマエも同じくお茶を口にして同じ感想を言っていた。
「「…………。」」
無言。お互いが何を話すでもなく、お茶を啜る音だけが続いた。と言うか、お互いが何から話していいのか分からなかったのだ。初対面のお見合いかと言うような状況が続いて……
「「あの……」」
「「あ……」」
2人して同じタイミングで同じ言葉が出てきてしまった。
「「…………。」」
「…………ふふっ。」
先に折れたのは釘崎の方だった。
「はー、こういう空気、慣れてないのよね。」
「……え?」
「忘れてたわ。おにぎり。食べましょ。」
「あ、うん……。」
思い出したように2人分のおにぎりを机の上に並べながらどれにするー?と具材を説明しながらナマエの前に出した。
「あ、じゃあツナマヨで。」
「ん、どうぞ。」
おにぎりを口にして緑茶を啜る。少し硬くなったお米が緑茶でほぐれて丁度いい。
「…ちょっと米がパサパサしてるわね。時間経っちゃったからかしら。」
「ふふっ。でもおいしいよ。」
「そう?ならいいけど。」
それから食べ終わるまで特に何かを話すこともなく、静かな時間が過ぎたが、気まずい空気になることはなかった。これまでの余所余所しさがまるで嘘のようだった。
「ふぅ、ごちそうさま。お茶、ありがと。」
「あ、うん、こちらこそおにぎりありがとう。」
「……ねぇ。さっきの事だけど。」
「……っ!」
ビクッと反応したナマエに眉を下げながらも釘崎は続けた。これ以上時間をかけても仕方がないと思ったから。
「そんなビクビクしないでよ。別に取って食ったりはしないわ。」
「……ごめん。」
「そのすぐに謝るのもナシね。」
「……えー……。」
「えーじゃない。……さっきは少し言い過ぎた。別にアンタを攻めたかったわけじゃないのよ。理由はもう分かったし、アンタも私に遠慮する理由、もうないでしょ?」
「……でも。私は釘崎さんに……酷いこと言ったし…酷い事もした……」
「デモもクソもないわ。お互い様よ。」
「……でも……」
「あーもう!でもでもうるさい!いつまでもウジウジすんな!」
「ひっ!」
何を言ってもウンと言わないナマエに痺れを切らした釘崎は、我慢できずに声を荒げてしまい、ナマエはまた萎縮してしまった。
「……はぁ。」
「っ!……ごめんなさい。」
「また……そうやってさぁ。」
「う……。」
釘崎は頭をガシガシと掻きながらため息を吐いた。そして、昔のことを少しだけ思い出した。
「……アンタの気持ちも……分からないでもないわ。」
「……え?」
「いるのよねー。そういう奴らって。自分達の勝手なエゴで仲間外れにする奴。」
(小一の時に東京から村に越してきた沙織ちゃん。お人形さんみたいに可愛くて聖母みたいに優しかった沙織ちゃん。そんな沙織ちゃんを村の奴らは仲間外れにした。勝手に被害妄想を膨らませて沙織ちゃんを追い出した。キモチワルイったらありゃしない。……まぁこの子とはまた状況が違うけど。……それでも。)
「私は……アイツらとは違う。」
「あいつら……?」
「あぁ、こっちの話よ。とにかく。私に壁を作る必要はないわ。」
「……うん。」
「だいたいさぁ、アンタ、そんなキャラじゃないでしょう?」
「う……。」
「伏黒たちの前で見せてるアンタの方がわたしは好きよ。」
「釘崎さん…」
「その釘崎さんってのもやめない?」
「……いいの?」
「私がやめろって言ってんの。」
釘崎がそう言うと、ナマエはじんわりと涙を浮かべて釘崎の方を見た。それを見た釘崎は何か変なことを言ったかとギョッとしたが……
「あの……私と…お友達に……なってくれますか……?」
「…………。」
何を言い出すかと思えばナマエは自分と友達になりたいと言ってきた。そもそも友達なんてなりましょうと言ってなるものでもない。だが、ナマエの生い立ちを考えればこんな風に言い出すのも仕方の無いないことかもしれないと思った釘崎はしょうがないなと言いながらナマエに向かって手を差し出した。
「いいわよ。私たち、友達になりましょう。これからよろしくね、ナマエ。」
「っ!……ううぅうううう……ありがとう…………野薔薇ちゃん……」
こうして2人は握手を交わして『友達』になった。こんな友達の作り方初めてよ、と言いながらも野薔薇もどことなく嬉しそうに笑った。
「ほらー、もういい加減泣き止みなさいよ。明日目が腫れて大変になるわよ。」
「うぅっ、ごめんなさい……」
「また謝る。もうアンタは謝るの禁止ね。」
「ええぇ……グスッ」
それからナマエが泣き止むまで野薔薇の小言は続いた。
「あー喉乾いた。ナマエー、お茶おかわり。」
「はいっ!」
謎の上下関係ができたような気もするが、ナマエがそれでも嬉しそうにしているのでこれでいいのだろう。