第三十九話 友達
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――それから。残された男子2人もそれぞれ自室に戻る事にしたのだが、虎杖が腹が減ったのでコンビニに行きたいと言いだした。一緒に行こうと誘われた恵だったが。コンビニまで行くのが面倒だった恵は断りを入れて談話室の前で虎杖と別れた。
(さて……)
自分がナマエの部屋へ向かうか、ナマエを自室に呼び出すか……その前にひとまずは着替えか。そんな風に考えながら自室前に着いた時、部屋の鍵がない事に気が付いた。そして任務先で手洗いに行った時に鍵と貴重品を一時的にナマエに預けてそのままになっていた事を思い出した。
これはナマエの部屋に直行かと踵を返そうとした時、ふと自室の中から頼りなく揺れる呪力が感じられた。この状況だとナマエしかいない。
(また勝手に……)
呆れながら扉に手を掛けるとやはり鍵は開いていて、中に進むとベッドのトップボードを背にして三角座りをしている制服姿のままのナマエがいた。膝に顔を埋めていてその表情は分からない。
「任務後の制服のまんまでベッドに上がるなよ。」
「鍵ないと困ると思って開けてあげたのに。」
「はぁ……。」
シーツは交換しないとダメそうだ。そんな風に考えながらひとつ息を吐いた恵はベッドサイドに腰掛けた。スプリングが軋む音がした。
「少しは落ち着いたのか。」
「うん……」
「そうか。」
それ以上お互い何かを言うこともなく、しばらく静かな時間が過ぎた。ナマエに何を言ってやるのが正解なのか恵なりに考えてみたがいい答えは見つからなかった。だからナマエの方から何か言うまで黙って待つ事にした。
時間にして数分後、やっとナマエが口を開いた。
「失敗しちゃった。そんなつもりじゃなかったのに…怒らせちゃった。」
「あれは怒ってるのとは少し違うだろ。」
「また、嫌われちゃったよ。」
「それもちょっと違うと思うぞ。」
〝また〟というのは中学の時のことを言っているのだろう。新たな人間関係の構築によほど自信がないらしい。
「でも……」
「お前はどうしたいんだ?」
「私は…ごめんなさいって言いたい。」
「それから?」
「……ちゃんと…………お友達になりたい。」
「そうか。じゃあ、本人にそう言えばいい。」
「……え、」
恵の言葉に反応したナマエが顔を上げた。もう泣いてはいないがその表情に覇気はない。
「お前だってもう分かってんだろ。釘崎は
「でも、今更なんて言うの……」
「それこそ今更だ。あれだけぶち撒けといて遠慮も何もないだろ。思ったこと言えばいい。」
「そう……なのかな。」
「あぁ、大丈夫だ。」
まだ不安そうな顔をしているが少しホッとしたようにも見える。あとは時間の問題だろう。思い返せば釘崎だって、ただナマエと仲良くなりたかっただけのようにも見えてきた。ナマエもそうなのかな、と小さな声ではあるが少し前向きに捉えたようだ。もう大丈夫だろう、そう思った。
「後でちゃんと話せよ。」
「うん……」
「それから。」
「うん?」
これもナマエにはっきり分からせておかないと、と思っていた事だ。
「俺にも遠慮するな。」
「え……?してないよ?」
「してる。」
「遠慮してたら勝手に部屋に上がり込んだりしないでしょ。」
「……」
そこは自覚していたのか、と驚いたがそういうことじゃない。
「辛い時はちゃんと辛いって言えよ。」
「え?」
「言ってもらわねぇと分からないからな。」
「言ってるよ?任務とか訓練の後とかいっつも。」
「そこじゃねぇ。」
なんでうまく伝わらないんだともどかしくなる。だからこちらも本音で言うしかないと思った。
「
「それは……」
「お前が想像以上に抱えてたことを知らなかった事が……俺は辛い。」
「恵……」
当時辛い思いをしていたのは分かっていた。が、その深さを。恵は見誤っていた。ナマエが叫んださっき、やっと知ったのだ。辛い、などと言うのは恵も恥じらいがあったが、このままだとナマエはまた同じ事をする。どうでもいい事は文句ばっかり言うくせに、本当に辛い時は頼らない。恵はそれが嫌だった。
「恵、ぎゅってしていい?」
「……なんで。」
「だめ?」
「…………。」
こちらの要望に対する返事はなく、代わりに抱擁をリクエストされてしまった。なんだかんだでいつもナマエの要望に応えてしまう自分に、ちょっとだけ情けなくなりながらも。ベッドに腰掛けるだけだった体の向きを変えて完全に乗り上げてから胡座をかいて座った。
「……ん。」
来ていいぞ、と言う代わりに両手を広げてやればほんのり口角を上げたナマエがズリズリと膝立ちのまま歩み寄ってきた。
「はぁ…落ち着く。」
すっぽりと恵の懐に収まったナマエは心臓の部分に耳を当てて目を瞑っている。このまま寝てしまってもおかしくない雰囲気だ。
「おい、さっきの返事は。」
「んーーー。」
「んーじゃねぇ。」
「善処します。」
「……ハァ。」
これはちゃんと言う事を聞かないパターンだ。そう思ったが仕方ない。自分自身がしっかりナマエを見ればいい。そう結論づけた。
「ねぇ恵。」
「あ?…………っ!」
不意に名前を呼ばれて下を向くと、顔を上げたナマエがちゅっと可愛らしい音を立ててキスをしてきた。すぐに恵の胸に顔を埋めてしまったナマエの表情は分からないが「エヘヘ」と零していることからおそらくニヤニヤしているんだろう。
「ありがと」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で告げられたナマエの一言でようやく先程のキスの理由が分かった恵は、フッと息を吐いた。
「それだけか?」
「…え?」
「もっかい。」
「……え、と。」
あんな一瞬のキスなんかじゃ恵は満足できない。しかもナマエからのキスなんてものすごく貴重だ。だから、もう一回しろとナマエの顎を持ち上げて促したが。ナマエは視線を彷徨わせてオロオロとしている。これまで何度もキスをしてきたが、やはり自分からというのは照れ臭いナマエは、今みたいに勢いに任せてすることしかできない。
「なぁ、もっかい。」
「ちょ……っと、顔近いよ。」
「近づけてんだ。」
「うぅ……。」
「ほら、早く。」
グググと顔を近づけてくるが、恵からは一切キスをしてくる気配はない。本当に自分にさせるつもりだと思ったナマエはこれでもかと狼狽えたが……。少し熱の篭った瞳でジッと見られて、ナマエもちょっとだけその気になってしまった。
「目……瞑ってよ。」
「いやだ。」
「えぇぇ。……じゃあしない。」
「…………。」
「お願い。」
「……分かったよ。ほら。」
「っ。」
一度眉を顰めて拒否をした恵だったが、『ナマエからのキス』を優先する事にしたらしい。そのままスッと目を閉じた恵の顔を見て、ナマエはドキッとした。
長いまつ毛。すっと通った鼻。薄い唇。小さい頃から知っている顔だが、こんなにキレイな顔だったっけ、とマジマジと見てしまう。自分から唇を合わせるのを待っているその顔を見てどうしようもなく愛しさが込み上げた。そして、こうやって大好きな人から求められているという事実に泣きそうになる。
「おい、ナマエ。」
「わ、わかってるってば!」
待ちきれない恵がすこしドスの効いた声で急かしてきた。覚悟を決めたナマエは、どうにでもなれ!とギュッと目を閉じて恵の唇に自分のそれをそっと重ねた。
「ん……」
目を閉じていた所へのキスに一緒ピクッと反応した恵だが、そのまま何もせずただナマエからのキスを受け入れた。
ゆっくりと唇を離して目を開いたナマエは、驚いた。恵がうっすらと瞼を開けてこちらを見ていたから。
「なっ…!ずるい。」
「もっと。」
「……うぅ。」
「もっと、して。」
「………………うん。」
ナマエも恵の熱にうかされたのか。ゆっくり、ゆっくりと何度か恵へキスを送った。気づけばナマエの腕は恵の首後ろに回り、恵の手はナマエの後頭部を優しく撫でていた。
舌こそ入ってこないが、下唇、上唇と食むようにキスをしてくる、いつもでは考えられないナマエの行動に、恵は十分満足していた。それに、なんとなく今日はこういうキスの方が嬉しく思った。
それから、ナマエが限界を迎えるまで、恵がナマエのキスを止めることはなかった。