第三十二話 品定
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紅一点、釘崎の発した言葉に疑問が浮かんだ四人だったが、真っ先にそれを口にしたのは五条だった。
「あぁ、そっか。入学決まったのって野薔薇より後だっけ。ほら、みんなも自己紹介しな。」
そう言って釘崎の立つ場所からは見えていなかったであろうナマエを恵の後ろからぐいっと引っ張り出した五条がそれぞれを促した。
「俺、虎杖悠仁。仙台から!」
「…伏黒恵。」
「え…っと、ミョウジナマエです。よろしくお願いします…。」
明るく挨拶をした虎杖に対してぼそっと名前だけ告げた恵に、おずおずと自信がなさそうに自己紹介をするナマエ。自分の他に女子が居ることを知らなかった釘崎は先ほどの堂々と述べた宣言が間違いだったことで出鼻が挫かれてしまったが本人はそこはあまり気にしていないようだった。腰に手を当てたまま、そのままじとーっと無言で三人をまるで品定めをするように見た。
(見るからにイモ臭い…。絶対幼少の頃ハナクソ食ってたタイプね…)
虎杖、恵の順に視線を投げる釘崎は、その感性はどこからくるのかと人間性を疑いたくなるような感想を抱いていた。
(自己紹介が名前だけって…私偉そうな男って無理。きっと重油塗れのカモメに火をつけたりするんだわ。それと…)
ナマエの方を見た時、本人はビクッと肩を揺らして一瞬怯えたような表情を見せた。
(この子本当に呪術師?なんかビクビクしてるし。男の陰にコソコソ隠れてなんだか情けないわね。周りからチヤホヤ甘やかされて育ったのかしら。)
一通り第一印象から三人を判断した釘崎はあからさまにため息を吐きながら自身の境遇を嘆くように言葉をこぼした。
「はーぁあ。私ってつくづく環境に恵まれないのね。」
「「………。」」
「人の顔に見てため息ついてる…」
「…これからどっか行くんですか?」
この何とも言えない空気を切り替えようと思ったのか、恵がこれからのことを五条に訊ねた。それを聞いた五条は、よくぞ聞いてくれましたとでもいうように嬉しそうにそしてどこか芝居じみた言い方で答える。そんな五条にあまりいい予感がしなかった恵だったが…。
「フッフッフッ。せっかく一年が4人揃ったんだ。しかもその内2人はおのぼりさんときてる。———行くでしょ、東京観光。」
「え゛。」
「「ぃやったーーーー!!!」」
恵の予想が的中してしまった。というより、五条に対していい予感を感じたことがないな…と改めて思うと残念な気持ちになってしまった恵であった。
「TDL!TDL行きたい!!」
「バッカTDLは千葉だろ!!中華街にしよ先生!!」
「中華街だって横浜だろ!!」
「横浜は東京だろ!!」
東京観光というこれ以上ない催しに、テンションがぶち上がってしまった二人はぎゃあぎゃあと言い合いを始めてしまった。街中で恥ずかしいことこの上ない。そんな二人の様子に眉を下げるナマエと逆に眉を顰める恵。
「はは…あとで神奈川だよって教えてあげようか…」
「…ほっとけ。」
「それでは、行き先を発表します!」
「「!!」」
完全に五条の手の平で転がされている二人はその言葉にピタっと大人しくなり、膝をついて答えを待つ。虎杖とナマエのテンションが似ていると思っていた恵だったが、本当に似ているのはこの二人だ…と認識を改めることにした。落ち着きがないと思っていたナマエは、これでもまだマシだったんだと思わずにはいられない。
「六本木!」
「六 本 木 ?」
キラキラとした瞳で五条を見る二人に、にっこりと口角を上げる五条。恵もナマエも五条の性格を嫌と言う程知っているのでこの後の展開が何となく予想できた。じゃあ行くよと歩き出した五条にスキップでもしそうな勢いで着いて行く虎杖と釘崎。
その歩き出した方角がそもそも六本木方面ではないのだが、ウキウキを体全体で表現する二人はもちろん土地勘がないので気づいていない。だが、恵もナマエもあのテンションの二人に掛ける言葉が見つからず、おとなしく着いて行くことしかできなかった。
着いたよ、と言われたのは都内某所、廃ビルの前。呪霊の気配がこれでもかと満ち満ちている。虎杖と釘崎はまだ今の状況に頭が着いてきていないのか石のように固まって何も言わない。恵とナマエは、やっぱりかと思った。
「いますね、呪い。」
「「嘘つきーーーーー!!!」」
石化が解除された二人は弾けるように文句を言い出した。そもそも六本木ですらないことや、地方民を弄んだなどと言いたい放題だったが、切り替えの早い虎杖が五条に質問をしたことで場は収まった。
「やっぱ墓とかって出やすいの?」
分かりやすく教えてやる五条と恵に、釘崎がそんなことも知らないのかと突っ込みを入れた。それもそうだろう、そもそも知識がないと高専に入学するという選択肢すら選ばないのだ。恵が虎杖の境遇を掻い摘んで釘崎に伝えたのだが。
「飲み込んだぁ!?特級呪物をぉ??きっしょ!!ありえない!!衛生観念キモすぎ!!無理無理無理無理無理無理!!!」
「んだと?」
「これは同感。」
「私も。」
「おい!ミョウジまでそんなこと言うの!?」
何はともあれ虎杖の事情が分かった所で、五条が間に入って本題について話し始めた。今回ここに来たのは虎杖と釘崎の実地試験のため。二人だけで建物内の呪霊祓霊をしてくるようにと告げた。そもそも呪術を使えない虎杖に関しては初めから呪いが込められている呪具を渡していた。それは真希の家で管理されているものでナマエたちも見たことがあるものだった。
そして五条は、虎杖に宿儺は出さないようにと念を押した上で二人を送り出した。
残った3人はビルの傍に設置されていたベンチに腰掛けながら待つことにした。
「ねぇ悟くん、二人だけで本当に大丈夫なのかな。」
「やっぱ俺も行きますよ。」
「無理しないの。二人とも病み上がりなんだから。」
「でも…」
「虎杖は要監視でしょ。」
恵たちの心配を余所に、五条はなんでもないように言う。ナマエの心配は怪我をしないか、だったが、恵の心配は虎杖に対してだった。もしも宿儺が暴走したら…。こんな市街地でそんなことになれば大惨事になることは間違いない。
「まぁね。でも、今回試されているのは野薔薇の方だよ。」
「え?そうなの?」
「悠仁はさ、イカレてんだよね。」
「ん?」
コンコンと人差し指で額を叩きながら言う五条に、ナマエは最初意味がわからなかったが、そのうちあぁ、頭が…ということかと理解できた。
「異形とはいえ、生き物の形をした呪いを。自分を殺そうとしてくる呪いを一切の躊躇なく
「それを言うならナマエもでしょ。こいつ10歳の時に同じことしてますよ。」
「あぁ、大丈夫。ナマエもちゃんとイカレてるからね。恵だってあの時引いてたでしょ。」
「…確かに。」
「え゛。私ってイカレてるの!?ていうか、恵引いてたの!?ショックなんだけど…。」
「「……。」」
ナマエにとってそんなことは初耳だった。自分がイカレている自覚などもちろんなかったし普通だと思っていた。それにまさか初対面の時に恵に引かれていたなど、思ってもみなかった。ナマエにとって今日一番の衝撃である。
「まぁ、ナマエもコッチ側だったってことだよね。才能があっても呪いに対してのこの嫌悪と恐怖に打ち勝てず挫折した呪術師を、恵も見たことあるでしょ。」
「…そうなの?」
「……。」
「今日は彼女のイカレっぷりを確かめたいのさ。」
そういって五条は頬杖をつきながら今頃二人が奮闘しているであろうビルを見上げた。ナマエも同じようにビルを見上げながら、自分達も初日から実地に駆り出されたのはこういうことかと、少し前の事を思い出しながら二人の無事を祈った。
「ナマエ、だいぶ調子戻ってきたね。」
「え?」
「さっきまで借りてきた猫みたいになってたじゃん。」
「それは…」
やはり五条にもバレていた。ただし、虎杖のように体調を心配されることはなく。ナマエが沈んでいる理由は五条にもお見通しだったようだ。
「野薔薇はさ。ナマエが心配するような事にはならないと思うよ。まぁ、ちょっと性格に難ありって感じだけどね。」
「悟くん…。」
「釘崎も五条先生にだけは言われたくないでしょうね。」
「あぁ!?」
五条も、ナマエの中学までの学校生活についてはある程度把握している。恵からだったり、ナマエがこっそり相談していた七海からであったり、いろいろと聞いていた。なぜ自分に相談しないのかと苛立ったこともあったが、よくよく考えれば自分であれば完全に対象者をボコボコにしていただろうと想像できるので、ナマエの相談相手の人選は大正解であると今なら分かる。
「まぁ、だからさ。いつも通りのナマエでいなよ。」
「…うん。頑張ってみる。」
「頑張ってどうすんだ。いつも通りって言ってんのに。」
「あ、そっか。」
「でも、五条先生。その釘崎ですけど、経験者ですよね。試すも何も今更なんじゃないですか?」
この話はナマエもあまりしたくないだろうと思った恵は、先程の話の続きをすることにした。五条は「うまいこと逸らすよね」と言いながらもそれに答えてくれた。
「呪いは人の心から生まれる。人口に比例して呪いも多く強くなるでしょ。地方と東京じゃ呪いのレベルが違う。」
「気配からするとせいぜい3級くらいじゃないですか?」
「レベルと言っても単純な呪力の総量の話だけじゃない。『狡猾さ』。知恵をつけた獣は時に残酷な天秤を突きつけてくる。命の重さをかけた、天秤をね。」
「…。」
五条の言葉の意味を考えながらしばらく待っていると。ビルの中から呪霊がズルンとすり抜けてきた。壁抜けができるという時点で、恵の目測通り大した等級ではなさそうだ。その呪霊を目視した瞬間恵が立ち上がって祓います、と進言したが、五条により止められてしまった。
オ゛ッ……ア゛ァアアアァアアァ…
突然呪霊の全身から血が噴き出して苦しそうに声を上げたと思えば、呪霊はそのまま消滅してしまった。虎杖は呪具しか使えないので、おそらく釘崎の術式だろう。
「……。」
「おぉ…。なんかすごいね。」
「いいね。ちゃんとイカレてた。」
しばらく待っていると二人が戻ってきたが、なぜか小学生くらいの男の子が一緒に居た。話を聞く限り、遊びで忍び込んで呪いに襲われかけたようだ。怖い思いをしたはずだが、虎杖に懐いたおかげなのか、心配は不要だろう。
男の子を家まで送り届けた後、五条が今度こそ飯に行こうと言ってきた。今度こそも何も、観光だと言っていたのだが、おのぼりさん二人は特に気にすることなくごちそうにありつけることを純粋に喜んでいた。