第三十一話 羨望
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五条が去った後――
チラチラと恵の部屋の中に視線を寄越しながらあからさまにソワソワしている虎杖。分かりやすいことこの上ない。恵はハアッと二酸化炭素を吐き出してから仕方なしに虎杖を部屋に招き入れた。
「おじゃましまーす……。」
中へ入るとふんわりとコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。その間取りは虎杖の部屋と同じだが、真っ黒なテーブルと壁側にこれまた真っ黒のチェスト。置いてあるものが違うだけで随分と雰囲気が変わる。
「あ、おはよー虎杖くん。コーヒー淹れてるけど虎杖くんも飲む?」
「おはよ、あ、じゃあお願いします……。」
「あはっ、なんで敬語?ちょっと待っててねー。」
手慣れた様子で簡易キッチンに立つナマエを物珍しそうに見ていると、恵はあくびをしながら真っ黒なテーブルに腰かけてスマホを弄り始めた。虎杖の存在を忘れているのではないかというくらい自然に。キョロキョロと見渡しているとナマエに「あ、座っててー」と言われてようやく虎杖もテーブルに着座した。
「はい、どうぞ。お砂糖とミルクはお好みでここから取ってね。」
「あ、サンキュ。」
目の前にコーヒーカップとスティックシュガーなどが入っている小さなカゴを置いてくれたナマエに軽くお礼を言った。同じように恵の前にも「はい、お待たせ」と置かれていたが、本人は「ん。」の一言だけだ。虎杖は内心で「夫婦かよ。」と思ったが口にはしなかった。
「いきなりの転校、大変だったよね。あ!ようこそ呪術高専へ!これからよろしくね。」
「お、おぅ。こちらこそよろしくな!」
さっき見たベッドの上での寝ぼけた顔はどこへ行ったのか。なんだか見てはいけないものを見たような…どこかいやらしさすら感じてしまったのに。屈託のない笑顔で挨拶をされて虎杖は戸惑った。もしかしてあれは見間違いだったのか?とすら思った。
「あ、バタバタしてたからちゃんと自己紹介してなかったよね。私はミョウジナマエです。私も恵も埼玉からだよ。数少ない同級生だし困ったことがあったら相談してね。ほら、恵も!」
「伏黒恵。」
「もー。そんだけ?」
「他に言う事ないだろ。」
「あるでしょー?よろしく!とか仲良くしようぜ!とかさぁ。」
「それを俺が言うと思うのか?」
静と動のやり取りを見ながら、これが二人の通常運転なんだろうことが予想できたが……。どうしてもどうしても気になっていたことを虎杖はついに口に出した。
「あのー…。ずっと気になってたんだけどさ。」
「ん?」
「なんでミョウジは伏黒の部屋に居んの?女子寮別だよな?」
「うん、別だよー。朝はいつも恵を起こしに来てそのまま朝ごはん一緒に食べてるからね。今日はゆっくりしすぎて食べ損ねちゃったけど。」
「へー。そうなんか…。」
納得はできたが…さっき見たあれは『起こしに来た』じゃなかった。どちらかというと『一緒に寝ていた』だった。野暮なことを…聞いてもいいのだろうか…と思いながらも一度考え出すと聞かずにはいられない虎杖はそのまま質問した。オブラートという言葉は虎杖には存在しない。
「なぁ、二人ってさ…付き合「「幼馴染だ(よ)。」」って…。え?」
同じタイミングで同じ返しをされた虎杖は驚いて言葉を詰まらせた。しかも食い気味で来た。二人の表情には焦りも照れも特にない。さも当然のように言われてしまえば「そうなのか」と思うしかない。ベッドの上のナマエは表情はとろんとしているし髪も少し乱れているようにも見えたし…とにかく、免疫があまりない虎杖には少々刺激が強かったのだが…。男女関係のそれを想像しそうになったが、幼馴染ならそれくらい普通なのか?と思う事にした。
———結論。
「二人とも仲良しなんだな!」
その後、高専内での気を付けた方がいい場所や入れない場所、おすすめの休憩所など虎杖は二人からプチ情報をいろいろと入手できて満足だった。五条はあまり教えてくれなかったから困っていたのだ。
そして昼ご飯時が近付いてきて、ナマエの提案で高専の外で食べることにした。高専は山の中にあるのでちょっと外食に出かけるのにも一苦労だ。一番近くのコンビニやこれからお世話になるだろうスーパーやドラッグストアなどもついでに案内してもらった。大きな店を求めると市街地まで出てこないといけないので中々不便そうだ。
「消耗品とかはまとめ買いがおすすめかな。」
「確かに!気軽に行ける感じじゃないもんな。」
「任務で遅くなったらお店閉まってる時もあるしね。」
「あー、なるほどな!いやまじで最初に聞けて良かったわ。」
「お役に立てて何よりだよ!!」
この短時間ですっかり打ち解けたナマエと虎杖は行きも帰りも楽しそうに会話をしていた。恵は終始後ろから黙ってついてくるだけでほとんど口を開くことはなかった。
「伏黒?どったの?」
「何が。」
「なんか元気なくない?もしかしてまだ怪我が痛むとか?」
「いや……」
ナマエが怯えることなく男である虎杖と打ち解けて仲良くしている。恐怖心を抱かなかったのは虎杖の根明で真っ直ぐな性格によるものだろう。それはとても喜ばしいことで、いいことなのだが。前回猪野と食事をした時は、七海の後輩という手前もあってか〝頑張って〟打ち解けようとしていたように感じた。
それが今回はごく自然と馴染んでしまった。
そもそも恵と虎杖とでは性格が全く違う。まだ数日の付き合いだが、わざわざ説明する必要もないほどに分かり切っている事。それでも、もし恵が虎杖のように明るくまっすぐにナマエに接することができていたら。あの時傷つき塞ぎ込んでいたナマエをもっと違う方法で慰めて力になれていたのではないかと、今は明るく笑っているナマエを見て恵はそんな風に思ってしまった。羨ましいわけではない。少しだけ、もしものことを考えてしまっただけだ。考えても仕方のない事だと分かっていても、ついつい考えてしまう自分の愚かさにため息が出た。
「恵?ほんとにどうしたの?」
「いや、なんでもねぇよ。」
心配そうにのぞき込んできたナマエの声でハッと我に返った恵はごまかすしかなかった。
「明日も早い。さっさと帰るぞ。」
何となく二人の顔を真っすぐ見られなかった恵はすたすたと二人の先を進み、高専への道を急いだ。