第二十九話 昔話
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虎杖と別れたあとの二人は、その日の内に一足先にと東京へと戻ってきた。家入の治療を受けて軽く夕食を済ませて各々の部屋へと戻った。
いつも夜は共に過ごしていた二人だったが、さすがに疲れたのか。ナマエは文句も言わずに大人しく自室へと戻っていったので恵は肩を撫で下ろした。任務の疲れは勿論、宿儺の受肉という予期せぬ出来事。そして(ナマエが自分の腕の中に一晩中居た事で理性と戦っていたせいでの)寝不足。正直恵は疲労が限界だった。
吸い込まれるようにベッドへ潜り込み、一瞬で眠りについた。
――そして翌朝。
目覚まし時計が時間を知らせるよりも早く、恵の意識は浮上した。電子音に起こされる事なく目覚めるのは気持ちがいい代わりに、何故か損をした気にもなる。それでも散々眠ったおかげか、頭はスッキリしていた。
今日は一日休みだ。たまにはダラダラとベッドでゆっくり過ごすのもいいだろうと再び目を閉じようとした時……カチャッと自室の扉が開く音がした。自分を起こさないようにと慎重に動く犯人は見なくても誰かすぐに分かったので、そのまま動かずに目を閉じた。
ゆっくりと扉が閉められて慎重にこちらに近づいてくる気配は、ベッドのすぐそばで一度立ち止まった後、モソモソとそのままベッドへ上がり布団の中へと潜り込んだ。扉側に背を向けて寝ていた恵の背中にピッタリとくっついたそれは、安心したようにふぅっと息を吐く。
しばらく様子を見ていたが、一向に動く気配がない。どうやらこのまま寝るつもりらしい。
「……なにやってんだ。」
「……ん?起こした?ごめん。」
「じゃねぇだろ。どうした。」
「んー。」
これは答える気がないやつだ。そう思った恵は体を反転させて不法侵入をしてきた犯人と向かい合った。
「昨日は眠れたのか?」
「うん。」
肯定しているもののナマエの顔色は少し悪い。というか、それは昨日からだ。東京へ戻る道中も口数は少なかったし表情もどこか暗いように感じた。
「…明日、らしいな。もう一人の一年生が来るの。」
「っ。」
ビンゴだ。ナマエが表情を曇らせる理由。恵の予測は概ね当たっていたらしい。
明日合流する一年生は、女子だ。世間一般で考えれば同性の仲間が増えることを喜びそうなものだが、ナマエの場合は少し違う。現に恵の言葉に息を呑んだ後は黙り込んでしまった。
「思ってることがあるなら言ってみろ。」
「……。」
恵はナマエがこうなった理由を察してはいるが、できらば本人の口から言わせたかった。が、ナマエはゆっくりと首を横に数回振るだけだった。
仕方がないといった感じで息を吐いた恵にナマエはビクッと反応したが、恵はお構いなしにナマエの体を引き寄せて自分の腕の中に閉じ込めた。
「……恵?」
「大丈夫だ。今は俺以外聞いてるやつは居ない。だから言っても平気だ。」
恵なりの、甘やかし方だった。自分で吐露する事で少しでも気持ちが楽になるようにと。
「ちょっとだけ、ちょっとだけね。女の子が来るのが……嫌だなぁって。……それだけ。このまま3人だけでもいいのに。」
『痛い』『しんどい』『疲れた』など、普段から愚痴が多いナマエではあるが、これまで決して人に対して悪態をついたことは無かった。
ナマエには、〝同級生の〟女友達が1人も居ない。真希や新田を〝友達〟の括りに入れるかどうかは意見が分かれる所ではあるが。
少なくとも中学の3年間、特定の女子と仲良くしている所は恵も見たことはない。ナマエはいつも恵の側にいた。
きっかけは、学年でも一、二を争うイケメンと言われていた男子生徒からの告白を断った事だった。
そもそもナマエは目立つ容姿をしていたので、それをやっかむ女子が居たのは確かだ。でも特に何かをされるということはなかった。
そのイケメンがナマエに告白して玉砕したことと、学年内のヒエラルキー上位グループに居た女子がそのイケメンに玉砕したのがいけなかった。
初めのうちは直接ナマエに文句や罵声を浴びせていた女子たちだったが、ナマエは全く屈することはなかった。それに苛立った女子たちが、校内でもヤンチャで喧嘩っ早い男子を焚き付けてナマエに差し向けたのだが、恵が介入する前にナマエ一人で返り討ちにしてしまった。
それからは女子たちも身の危険を感じたのか直接的な事を言ってこなくなった代わりに、陰湿なイジメを始めたのだ。
上履きが隠されたり、教科書やノートはビリビリ。机の上にはマジックペンで心ない言葉を書かれたし、体操着やリコーダーなどが捨てられているのも日常茶飯事だった。
数少ない友人だと思っていた女子たちも、保身のため去っていき……ナマエは独りだった。
教師もさすがに感づいたが、ナマエ本人が頑なに否定するせいで動くに動けなかったようだった。
家族……いや、兄にだけはこんな事知られたくなかったから。
そして、そんな状況に気づかない恵ではない。どうにかしてやりたかったが、ナマエが絶対に手を出すなと言ってきた。恵が出てくると女子グループの着火剤になりかねないし、何よりも恵に迷惑をかけたくなかったから。
ナマエは、友達なんて居なくてもいいと思うようになった。恵が居たからというのはもちろん、一歩学校を出れば五条や七海、そして現在の二年生たちが居たから。だからどんなに酷いことをされても平気だった。いや……平気ではなかったが、そう思わないとやってられなかった。
――つまり、ナマエにとって〝同級生女子〟はトラウマであり、出来るだけ避けたい存在なのだ。
先日虎杖の高校で同級生らしき女子と普通に対話できていたのは、任務だからという理由と、彼女たちが自分の事を知らない、と分かっていたから。
自分たちはたった四人だ。ヒエラルキーなんてできっこないのも分かっている。それでも、過去のトラウマがナマエをマイナス思考にさせる。
「会ってみてから考えればいい。」
「……ん?」
「呪術師だからな。変なやつは多いけど。ナマエがダメだと思ったらそれなりの付き合いをすればいいだけだ。」
「四人しかいないんだよ?」
「任務もあるしいつも一緒ってわけでもないだろ。」
「真希ちゃんたちは大抵一緒に居るよ?」
「……ありゃ仲が良すぎだ。」
「ふふっ、そうかもね。」
「……俺が、居るから。大丈夫だ。」
「…………うん、そうだね、恵が居るから大丈夫だね。忘れてたよ。」
「おい、忘れんなよ。」
「ふふふっ。」
ナマエの懸念はまだまだ払拭はされていないだろうが、表情が少し戻った。ひとまずこれで大丈夫だろう、そう思った。
「今日は休みだ。まだまだ寝るぞ。」
「え?起きないの?」
「俺はまだ眠い。お前も、隈。寝るぞ。」
ナマエの顔を見ればあまり寝れていないことなど一目瞭然だった。この話は終わりだと言わんばかりに、恵は眠りやすい体勢にナマエを抱え直して目を閉じた。
「……ありがと。おやすみ。」
「ああ。」
恵はそんなに眠くは無さそうだが、ここはお言葉に甘えよう……恵の小さな優しさにじんわりしながら、ナマエも目を閉じた。