第二十六話 駛走
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玉犬の鼻を頼りに病院までやってきたが、敷地に入った時、呪物の気配が恵たちにも分かるほどに強くなった。ここまで来れば玉犬の案内も不要だろうと、恵は術式を解いた。それにしても…だ。
「マズイな…。」
「……。」
そう、病院などは特に負の感情が溜まりやすい。こんな所に特級呪物を持つ人物が居ること自体、不安要素しかない。回収を急がないと余計な面倒が起きそうだ。
「ここからは俺たちで気配を辿る。意識集中させながら行くぞ。………………ナマエ?聞いてるか?」
「……聞いてる。」
さっきから一言も話さないのを不思議に思ってはいたが、振り向いてみればナマエはどこかブスくれた顔をしていた。…これは機嫌が悪い時の顔だ、と恵は瞬時に分かった。学校へ行く前はこれでもかとゴキゲンだったはずだが…。その間に一体何があったと言うのか。
「おい、どうした。」
「別に…。なんでもない。」
「なんでもない時の顔じゃねぇだろ。」
「……。」
(…言えるわけないじゃん。)
ナマエが不機嫌な理由。それは杉沢第三高校での聞き込み時に遡る。虎杖と同じクラスだという二人の女子生徒から話を聞く事ができたのだが……
『教えてくれてありがとう。』
『どーいたしましてー!あ!ねぇねぇ、一緒にいた男の子ってさ。何組?』
『…へ?』
『あのツンツン髪の子だよ!』
『思ったー!イケメンだよね!』
『そうそう、入学して2ヶ月経つのに気付かないとかある!?クラスは?名前は?』
『あー…っと、、、に、2年の先輩なんだ!』
『『2年かぁ!』』
『今度教室見に行かねば!』
『だね!』
『あははは……じゃ、じゃあ私、次があるから!またね!ほんと!ありがとー!』
『あ、ちょっとー名前はぁ?』
……さらに。同じく聞き込みをしている恵の元に戻る途中の事。なにやらキャッキャとはしゃぐ女子生徒とすれ違った。
『さっきの男子、人探しとか何かあったのかなー?』
『そんなことより、カッコよくなかった!?』
『それよ!名前とか聞いとけばよかったぁ!』
『あたしテンパってスマホ落としたじゃん?』
『拾ってくれた時のスマートさよ!』
『「割れなくて良かったな。」だって!!』
『『やばー!!』』
――――――
――――
――
という訳である。つまりは、単なるナマエの勝手な嫉妬だ。しかも恵は全く悪くない。更にナマエの立ち位置は今かなり微妙なラインで。ミーハー的に騒いでいた女子生徒達に勝手にイライラしているなんて、とてもじゃないが言えない。
中学の時も、こんな感じだった。恵は今よりも尖っていたが、それでもよく女子生徒から騒がれたり時には告白なるものを受けているのも見かけていた。当時のナマエは自分の気持ちをひた隠しにしていたので、モヤモヤも不満も内心に留めていたのだ。
だが、中学の頃と今とで、二人の関係性に変化ができた。名前をつけるのが難しい関係だが、やっていることは恋人同士のそれで。
……つまりは独占欲。中学の頃に抑える事ができていたそれが今はできない。随分とわがままになってきている、と分かっているのについ表に出してしまった。
「ほんとに何でもないから。―ほら、もう着くよ。今はそれどころじゃないでしょ?」
「……あとで絶対聞くからな。」
チッと舌打ちしながら階段を上っていく恵。ナマエだって顔に出すつもりはなかったのだ。恵がナマエのことを気にしてこうなるだろうことは分かっていたから。それでも抑える事ができなかった。自分の失態ではあるが、今は任務中だ。ナマエもさすがに気を取り直した。
階段を上り切りナースステーションへ近づいた時、目当ての人物が看護師と話しているのを見つけた。
「居た……。」
「あぁ。いくぞ。俺が最初に声をかける。」
「分かった。」
既に照明がほとんど落とされて薄暗くなったフロアを進み、少し離れた場所から声をかけた。
「――虎杖悠仁だな。」
「ん?」
「呪術高専の伏黒だ。少し話がしたい、今。」
「同じく呪術高専のミョウジです。」
虎杖悠仁は学校で見た時よりも少し暗い印象で目が赤くなっている。……泣いたのだろうか、とナマエは思った。
「あの〜喪中なんスけど。」
「え…、」
「悪いが時間がない。」
「そんな時にごめんなさい……。でもすごく大事なことなの。」
喪中…、つまりは聞き込みで分かった入院しているという家族が亡くなったということだろう。こんな時に本当に申し訳ない。だが、こちらはこちらでそうも言ってられない状況だ。
「あれ?さっきグラウンドに居た子じゃん。」
「あ、どうも。」
「……なんで知ってんだ。」
「あ…さっき、グラウンドで目があっただけだよ。」
「先輩たちの近くに居たから知り合いかと思ったけど違ってたんだな。高専?うちの制服着てんじゃん。」
「あー…それは、」
「おい、今はそこはどうでもいいんだよ。」
あの時目が合っていたなど、恵は聞いていなかった。ナマエと虎杖とのやりとりにどこかイラつきを感じた恵はバッサリと遮って本題に入った。
「オマエが持ってる呪物はとても危険なものだ。今すぐこっちに渡せ。」
「じゅぶつぅ?」
「これだ。持ってるだろ。」
「んー?あぁはいはい、拾ったわ。」
恵がスマホの画面に出したそれを見ても虎杖はあっけらかんとしている。知らないと言う事はとても恐ろしい。
「私たちはね、それを回収しにきたの。」
「あーそうなん?俺は別にいいけどさ、先輩らが気に入ってんだよね。危険てどういうことよ?理由くらい説明してくんないと。」
「…………。」
先輩…グラウンドで見かけたメガネの女子生徒だろう。聞き込み時にオカ研に誘われたことを思い出した。
呪いを見たこともない人間に理解してもらうのは骨が折れるが、今は仕方ない。掻い摘んで虎杖に説明をしたが、案の定。虎杖にはこちらが冗談でも言っている様に聞こえるらしい。
「とにかく。人死にが出ないうちに、渡せ。」
「いやだから、俺は別にいいんだって。先輩に言えよ。」
虎杖はポケットから出したそれをポーンと放り投げた。受け取った恵を見て、ナマエもこれでひと段落だと息をついたのだが。蓋を開けた恵の表情に、嫌な予感がした。
「恵?」
「空……!?」
「え゛!?うそ!」
思わずナマエも箱の中を覗き込んだが、確かに指があるはずのそこは指の形に合わせて窪んでいるだけだった。
「え……じゃあ。」
「あぁ…俺たちが追ってきたのは箱にこびりついた呪力の残穢だ。……っ!中身は!?」
「だァから先輩が持ってるって!!」
思わず胸ぐらを掴んだ恵にも特に焦ることなく虎杖は告げた。
「ねぇ、その先輩のお家はどこ??」
「知らねえよ…確か泉区の方……。」
そう言ったあと、何かを考えるような表情をした虎杖にこれまた嫌な予感しかしない。
「……なんだ?」
「そういや今日の夜学校でアレのお札剥がすって言ってたな。」
「「……!!」」
胸ぐらを掴んでいた腕を離して後退りする恵と、口に手を当てて驚愕の表情をするナマエに、さすがの虎杖もこれは良くない状況だということが分かった。
「え……もしかしてヤバイ?」
「ヤバイなんてもんじゃない……。」
「その人、死んじゃうかも……。」
「え……?」
「恵!!学校戻ろう!!」
「あぁ!」
「待てよ!俺も行く!」
弾ける様に駆け出した二人に、戸惑いながらも虎杖は同行すると言ってきた。この辺りの地理に詳しい彼がいる方が到着が早いかもしれない。
「……近道、案内しろ!」
「分かった!」
こうして、三人で学校へと向かって走り出した。