第二十五話 邂逅
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杉沢第三高校に向かう時間が近付き、恵たちは一旦宿泊先のホテルへ戻った。ナマエの武器である鉄扇を取りに帰るためと、着替えのためである。
「どうどう?似合うー?」
「だから…スカートが短い。」
ベージュのニットベストにブルーのストライプ柄のネクタイ。プリーツスカートにグレーのハイソックス。五条から念のためにと渡された、杉沢第三高校の制服だ。普段全身真っ黒の制服のせいか、普通の女子高生のような姿のナマエは、少し垢抜けて見えた。素直に似合うと言えない恵はいつかのようにスカートの短さを指摘してごまかすしかなかった。
対する恵は、白のカッターシャツに黒のスラックス。いつもの学ランを脱いだだけの姿とほぼ同じだったので、変わり映えがしなかった。
「恵はあんま変わんないね、まぁ上着脱ぐこと自体珍しいから新鮮っちゃ新鮮だけど。」
「言っとくがコスプレが目的じゃねぇからな。鉄扇持ったか?行くぞ。」
「はぁい。」
鉄扇を生身で持ち歩くわけにもいかないので、肩紐がついた専用ケースに入れる。こうすれば楽器か何かを持ち歩いているただの女子高生の完成だ。
放課後の学校は、昨晩の静寂に包まれた雰囲気とは一転して明るくにぎやかで、活発だ。カキンという野球部の音。陸上部だろうか、グラウンドを集団で走る際の土を蹴るたくさんの音や一糸乱れぬ掛け声。下校前の生徒たちの楽しそうな会話。どれもが自分たちがもう経験することができない、青春の音だった。
「にぎやかで…楽しそう。」
「羨ましいのか?」
「んー、どうだろう。もしも呪術師の道を選ばなかったら、こういう生活してたのかなぁって。それだけ。」
「後悔は…」
「するわけないじゃん。」
「そうか。……あっち、ラグビー場か、一応行くぞ。」
「うん。」
もしもあの時、幼かったナマエが呪霊に襲われなければ…自分と出会わなければ。今頃ナマエはこんな危険な世界には身を置くことなく普通の女子高生をして青春を謳歌していたのかもしれない。呪術師の家系に生まれた時点で避けられなかったことかもしれないが。
今なら分かるのだ。当時ミョウジ家や五条がナマエを呪術界から遠ざけようとしていた理由も。そのためにわざわざ特殊な呪具まで身に着けさせていたことも。
ナマエが大事だった。ただそれだけ。ナマエの兄である翔があんな態度なのも、それが関係しているのではないか。いつかの夜に翔の不器用な愛情を知ってしまったから。理由は本人から聞いてみないと分からないが。
もしも、など考えても仕方がない。以前真希にも言われたことだ。それでも、ナマエがこの世界を知らずに済む方法もあったのではないかと、つい考えてしまう。一般人として普通の生活をしていても危険なことはある。それでも、呪術界に身を置いているよりは安全だろう。だが、そうなると…恵の生活の中にナマエは居なかったことになる。それはそれで、今更考えられない。とんだ矛盾である。
ラグビー場に向かいながら考え事をしていた恵からは自嘲的な笑みが漏れた。幸い、後ろをついてくるナマエには気づかれていない。
「ねぇ、何…このラグビー場…。」
「…死体でも埋まってんのか?」
「ひぃっ、やめてよ…。」
二人が訝しく思うのも無理はない。そこら中から呪霊の気配、残穢の濃さという異常さだ。だとしても…
「だとしてもさ…このレベルがただの高校にウロつく?」
「あぁ、おそらくは2級の呪いだろうな。ナマエ、目合わすなよ。」
「分かってる。今は相手してる暇ないからね。」
ゴールポストにしがみついている呪霊は「おぉおおぉぉ…」と唸りながら周りをきょろきょろとしている。調査を終えてから誰もいなくなった夜にでも祓おう。そう思った。
「これも例の呪物の影響なの?」
「…さぁな。」
「とにかく早く回収しなきゃだね。」
「あぁ。…クソ!気配がデカすぎる。」
恵が言うように昨晩とは違い、気配だけはありありと分かるのだ。だが…すぐ隣にあるような、はるか遠くにあってもおかしくないような…。とにかく〝分からない〟のだ。昨日の時点では気配すら感じなかったため生徒への聞き込みをするつもりだったが、こうなれば一度学校を閉鎖して呪いを祓った後に隅々まで探す方がいいかもしれない。
「これって、学校閉鎖するパターン?」
「…だな。特級呪物…厄介すぎだ。」
「せっかく潜入したのにね…。もっと女子高生ゴッコしたかったなー。」
「お前も一応女子高生だけどな。」
ナマエも同じ考えに至ったのだろう。この後の閉鎖の手続きなどの手間を想像して既にげんなりしていた。…余計なことも言っていたが。この後のことを相談しながらグラウンドの方に向かっていると。
「こっちだこっち!」
「早くしろ!」
なにやらざわざわとしだして、周りの運動部員や帰宅前の生徒たちが集まり、人だかりができあがっていた。
「なんだろね。」
「さぁな。」
二人の進行方向だったのでそのまま進んでいると、野次馬らしき生徒たちの話が聞こえてきた。何やら、陸上部の顧問と、イタドリと呼ばれる学生が砲丸投げの勝負をするらしい。…何がどうなったら教師と生徒が勝負をすることになるのやら。恵は、変な学校だな…と思った。
「なんか面白そう!恵、見ていこ!」
「あ、おい!……ったく。」
周りと同じく野次馬と化したナマエは、恵の腕を引っ張って人だかりに混じった。人様の勝負の行方を見学する暇などないのだが。それでもさすがに今すぐ学校の閉鎖は難しい。ため息を吐きつつ恵も一緒にその勝負を見ていくことにした。