第二十四話 逢瀬
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
仙台駅から徒歩20分、商店街を少し進んだ場所に、その店はあった。創業30年、初めて牛タン刺身や牛タンたたきの提供を始めた店らしい。想像していたより新しめの雰囲気のおしゃれな店舗だった。
二人は、定番の牛タン焼き定食にオプションでとろろをつけて、追加で牛タンたたきを注文した。刺身も注文しようとしていたナマエだったが、このあとのずんだ餅があるからと恵に止められた。
「う………………んま!」
「うまいな。」
程よい弾力に口内に広がる肉汁。とろろをかけた麦飯との相性も抜群だ。七海には申し訳ないが先日の焼き肉の牛タンとはやはり大違いだった。
「やばい…やばいよ、恵。これ、やばい。うわ、やば。…やばいよ。」
「どこの芸人だよ。」
「だって、やばいの!」
なぜか語彙力皆無になってしまったナマエは同じ言葉を何度も繰り返して、それに恵が冷静に突っ込む。
「今度から仙台の任務は毎回来よう!ね!」
「俺らに決定権あると思うか?……あ、これもうまいな。」
一緒に付いてきたテールスープを口に含んだ恵は感嘆の声を上げた。どこか優しい甘みが口に広がる。どれどれ?とナマエも口にして、またもや「んーーーこれもやばい。」と語彙力は復活しなかった。それから牛タンたたきでも同じ感想を続けるナマエは、きっと食レポに向いていない。
「はぁ~。おいしかった!どうする?この後すぐずんだに行くには早いよね。」
「お前…任務中ってこと忘れてるだろ。」
「えへ。……ていうか、恵には言われたくないもん。」
「何が。」
「だって……ホテルで………その…。」
「あれは…。」
痛いところを突かれた。ホテルの部屋を一つは全く使わなかった、なんて五条にはとても言えない。恵は苦し紛れの言い訳をするしかなかった。
「あれは、その……時間外だ。」
「うわ、ずるい。建人くんみたいなこと言うー。」
「…で?どうする。確かに時間はまだあるからな。」
「んーそうだなぁ。せっかく商店街に居るからプラプラしよっか!」
「ん。分かった。」
会計が終わり店を出る時、ナマエがレジにいた店員へ声を掛けた。
「ごちそうさまでした。すんごくおいしかったです!また来ますね!」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」
こういう所はナマエらしいなと思う。その店員が作ったわけではないだろうに、毎回こうやってお礼を言うのだ。
「お前いつもああ言うよな。シェフは別の人だろ。」
「いいの。お店の雰囲気も良かったし、それも含めておいしいって思えたから。それに、あの店員さんがシェフの人に伝えてくれるかもでしょ?だからいいの。」
「ふうん。」
「ほら、いこ?」
商店街に出ると、平日ではあるがそこそこの人が街に繰り出しているようで思ったよりにぎやかだ。二人はあてもなくプラプラと商店街を散策した。
おしゃれなインテリアが並ぶ雑貨店や若者が好きそうな洋服店など、特に何を買うでもなく、物色しては次、物色しては次、を続けていたが、ナマエがとあるアンティークショップに目を付けた。
「あ、あそこ。なんかかわいいのがいっぱいあるよ。」
恵の袖をひっぱって入った店は、北欧を意識した外観の雑貨店だった。先程のように店内をふらふらと物色していると、ある一角にアクセサリーが並ぶコーナーを見つけた。花をモチーフにしたアクセサリーが並んでおり、それぞれ形が違うそれは手作りだろうか。どこか温かみを感じた。かわいらしいそれらを、ナマエは見ているだけでわくわくした。
その中に一つ、ナマエの目を引くものがあった。小さなパールを花の芯に見立てて、その周りを薄いピンクの花びらが象っている、ピアスだった。
「…かわいい。」
「いらっしゃいませ。ここのアクセサリーは全て私の手作りなんですよ。だからちょっと形が不揃いなんですけど。」
「あ、やっぱり!でもそれが逆に私は好きかも!」
「ありがとうございます。そのピアス、私もすごく気に入っててシリーズで色んな色があるんですよ。真ん中のパールはイミテーションですけど。」
「あ、ほんとだ。かわいいなあ。」
「手に取っていらっしゃるピンク、お客様の雰囲気にぴったりですよ。」
「あ…でも私ピアス開けてないんです…。」
店員と話していると、別の所を見ていた恵がこちらに近付いてきた。
「開ければ。耳。」
「あ、恵。…でも。ちょっと怖いんだもん。」
「開けてやろうか?」
「えー…どうしよう。」
「これ、下さい。」
「え、ちょっと!」
「ありがとうございます。すぐにお包みしますね。」
店員がにっこりとピアスを受け取って包装の為にその場を離れた。目をパチクリしたままのナマエに、恵が少し照れくさそうに言った。
「…買ってやる。」
「へ?なんで?」
「何でもいいだろ。」
「でも…。」
「いいから。耳は俺が開けてやるから。」
押し問答の間に店員が戻ってきて、恵が財布を取り出し会計を済ませてしまった。ナマエはポカンとしたままだ。店員からピアスを受け取った恵は、ん。と言ってナマエにそれを差し出した。
「あ、ありがとう…。」
「おぅ。…行くぞ。」
ふいっと方向転換して店の外に出て行った恵は、後ろから見ても分かるくらいには耳が真っ赤だった。すぐに動けなかったナマエに、店員が掛けた言葉がナマエの耳も真っ赤にした。
「素敵な彼氏さんですね。」
「え!?ぃや、あの…。」
「デート、楽しんでくださいね。」
「……ハイ。」
(彼氏さん……デート……周りからはそう見えてるのかな…。)
少し早くなった心臓をごまかすように、先を行く恵に駆け寄ったナマエは、左手でそっと恵の手を握った。
「っ。」
「恵…ありがと。」
「…さっきも聞いた。」
「ふふっ。…うん。」
照れているのかそっぽを向いた恵が愛おしくて、ナマエは握ったその手にギュッと力を込めた。そして心の中だけで、大好きだよ、とつぶやいた。
「ねぇ、恵。」
「ん?」
「なんかさ、デート…みたいだね。」
「……。」
「さっきの店員さんにも言われちゃった。」
「…デートなんじゃねぇの。」
「今は任務中、なんでしょ?」
「今は……時間外ってことで。」
「ふ…そっか。」
「そろそろずんだ餅。行くぞ。」
「うんっ!」
赤いのれんが印象的な甘味処で、ずんだ餅と抹茶を注文した。ナマエの語彙力は回復することなく、また同じことを言っていた。それでもそんなナマエを見る恵の目はどう見ても優しくて。
ずんだ餅よりも、この店で一番甘いだろうぜんざいよりも、二人の間に甘ったるい空気が流れていることを——二人は知らない。