第二話 初陣
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
都内某所。恵たちの初めての任務に選ばれた場所は、高専に負けず劣らずの自然に囲まれた場所にある、かつては製薬会社の研究所だった敷地だそうだ。東京と言っても意外とこういう場所が多いらしい。
パッと見は病院のようにも見えるその建物は、劣化が進み、所々ヒビが入り崩れてしまいそうな場所もある。帳で覆われて辺りが暗いせいで余計に〝出そう〟だと、ナマエは身を震わせた。
「うわぁ…まじで出そうな雰囲気なんだけど。」
「そりゃ呪霊が出るから俺たちが来てるわけだしな。」
「そっちじゃなくて!」
「さっきの話か…いたとして、呪いと対して変わらないだろ。だから五条先生の言うことは話半分に聞いとけって言ったんだ。」
ナマエがこんなにも怯えている理由は、ここに来るまでの道中、高専保有の車内で悟が面白がってナマエに余計なことを吹き込んだせいである。
________
「初めまして、伏黒くん、ミョウジさん。私は補助監督の伊地知、と申します。これから関わることも多いでしょう。どうぞよろしくお願いします。」
腰の低い、見るからに気の弱そうな人だなと、失礼ながらもナマエは思ってしまった。
「「よろしくお願いします。」」
「伊地知は生徒の担当をすることが多いからねー。いつでも頼るといいよ。でも、困った時はこいつに言えば大抵はどうにかなるけど、だからってあんまり無茶振りしちゃわないようにね。」
「無茶振りして無理やりどうにかさせようとしているのは五条さん、主にあなたでしょう…。」
「伊地知、なんか言った?」
「いえ……」
今の会話だけで伊地知と五条の関係性がありありと分かってしまった。そして、いつも振り回されているんだろう事が容易に想像できる。恵とナマエはこっそり伊地知に憐れみの眼差しを向けた。
「コホン…。さて、そろそろ現場へ向かいましょうか。さ、どうぞ。乗ってください。」
こうして恵たちを乗せた真っ黒なセダンは、伊地知の運転により目的地に向けて出発した。
「お二人は今日が初めての任務ですね。でしたら私たち補助監督の役割について基本からお伝えしておきましょう。既にご存知の事もあるかも知れませんが復習と思って聞いてください。」
伊地知たち補助監督は、今日の様に任務地への送迎はもちろん、現地で簡単な帳を貼ったり、普段は術師のスケジュール管理など、術師がスムーズに任務をこなせるように様々なサポートを主な業務としている、と分かりやすく説明をしてくれた。また、恵たちの様な経験の浅い術師にある程度の任務の方針を指示してくれたりもするらしいので、これからたくさんお世話になりそうだ。
「伊地知さん。それで、任務の内容って……。」
「任務の詳細については予め五条さんへお伝えしておきましたが…………なるほど。分かりました。私からご説明しましょう。」
助手席に座る五条に目線をやったが、当の五条は鼻歌混じりで窓の外を流れる景色を見ているだけだった。それだけで大方の事を理解したのか、任務の詳細について教えてくれた。
「今回の目的地は、元々は研究所のあった建物です。製薬会社が倒産した後、なかなか買い手が見つからなかった事で建物は劣化。何年も経ってようやくその敷地に福祉施設が建てられることが決まったんですが……現地調査に向かった調査員がそのまま帰ってこないという事で地区担当の窓が調査したところ、呪霊が発生していることが分かった、というわけです。」
話を聞いていたナマエは無意識の内に両手でスカートを固く握りしめていた。その表情は、呪霊に対する怒りと……おそらくは恐怖からくるものだろう。被害者が既に居ると聞いて、自分が襲われた時のことを思い出したのかも知れない。
「ナマエ、皺になる。」
恵はゆっくりとナマエの握りしめられた指を解きながら小声で尋ねた。
「怖いか?」
「…ちょっとだけ、ね。でも大丈夫だよ。ちゃんとやれる。」
「…そうか。」
「ちょっとちょっとー!そこ!コソコソとイチャつかないでくれるー?」
「別にイチャついてません。」
「無意識でそれ?二人ともほんとに…まぁいいや。」
五条はまるで子供が拗ねた時のような口調で恵たちを咎めたが、心なしか口元はニヤニヤしている。
「ナマエー、緊張してる時に追い討ち掛けるようだけど、もしかしたらそこに居るのは呪霊だけじゃないかもよー?」
「うん?どういうこと?」
その言い方に食いついたナマエに、五条は待ってましたとばかりに、いかにもな言い方で話し始めた。
「それがさー、その元研究所なんだけど。近所の人の話だと……夜な夜な犬の遠吠えみたいな音が聞こえたり、動物っぽい影が敷地の中をウロウロしてたりするんだって。」
「…犬?」
「それがこれから祓う呪霊じゃないんですか。」
「ちょっと恵は黙ってて。」
恵をピシャリと遮った五条は、少し眉を顰めたナマエを見て更に畳みかけた。
「その製薬会社が倒産した理由、聞きたい?」
「え、なに……?」
(またか。毎度毎度この人は…)
恵が呆れてしまうのも仕方ない。こういう時の五条は大抵ナマエで遊んでいる。ナマエはそれに懲りずに毎回しっかり騙されるのだ。
「実はさ、その製薬会社、治験の為に違法に動物実験を繰り返してたらしいんだよね。」
「動物実験…って、もしかして。」
「そ。保健所送りになりそうな動物を引き取って、研究の為に劇薬を何回も何回も投与してたらしい。一番多かったのが、犬だったんだって。」
「……え、ちょっと、悟くん、やっぱいいや。聞かなくて。」
だんだんと話が見えてきて泣きそうになっているナマエを余所に、流石の恵も五条の話を聞いて表情を険しくした。それが本当の話なら、なんて非人道的な事をするんだ、と。
「だから、倒産して閉鎖された後、誰もいなくなった研究所では酷い実験ばかりされていた犬たちの無念が霊となって現れて……」
「いやーーー!もういい!やめてー!」
ついにナマエは両耳を押さえて隣に座る恵の肩口に顔を埋めてしまった。
「五条さん、流石にかわいそうですよ…。」
それまで何も言わなかった(言えなかった)伊地知がやっと助け舟を出した。
「ミョウジさん、大丈夫ですよ。そういった噂話があったのは確かですが、実際は違法な実験などはされていませんでしたから。」
「……へ?そうなの?」
「はい。現に、近所の野良犬が敷地の中を徘徊しているのが目撃されてますし、噂に尾ひれがついてそんな話になっただけでしょう。」
(やっぱりな。おかしいと思った。)
涙目で怯えるナマエを撫でてやりながら恵は思った。凄惨な話をしている筈の五条の顔がどことなく楽しそうにしていたから。やってることは小学生並みなのに、内容がちょっと頂けない。
「なーんだぁ。良かったぁ…。悟くん、ちょっとタチが悪いよ……」
ホッとしたナマエに向かって、五条はでもね、まだ続きがあるんだ、と言い出した。まだ何かあるのか。
「倒産の本当の理由は、政治家への不正献金が発覚したってやつなんだけど。僕、その時の捜査をしてた刑事と知り合いでさ。後から聞いたんだよね。当時警察が乗り込んだ時に研究所にももちろん家宅捜索が入ったんだ。それで、研究所の裏山も調べたら……そしたら…」
「え、やだ。やだやだ。もういいよ……ストップ!」
話を遮ろうとするナマエのことなんかお構いなしに、五条は続ける。
「そこには、大量の白骨化した動物たちの骨が……!」
「!!」
少し低めの声で告げた五条の言葉に、ついに何かを通り越したナマエはフリーズしてしまった。その話は伊地知も知らなかったのか、「え?本当ですか?」と不安そうに尋ねた。
……まじか。流石に信憑性のある話になり、恵も信じかけた頃。
「……なーんてね!僕に警察の知り合いなんていませーーーん!びびった?」
「「ハァ!?」」
恵と伊地知の声が揃ったが、ナマエは無反応だ。五条も、ナマエの怖がる様子が見たくてした事なのに、反応がないと面白くない。
「あれ?ナマエ、生きてる?息してる?おーい、ナマエちゃーん?」
無表情で固まったままのナマエは、しばらく呼びかけられた後。ゆっくりと瞬きをしてからスッと五条の方を見た。
「悟くん。」
「ん?」
「嫌い。」
「え゛。」
五条はやり過ぎてしまったらしい。ナマエの「嫌い」は余程効果があったのか、流石の五条も慌てている。
(……アホらし。)
呆れた恵は、いつの間にか起こしていた体を座席のシートに再び沈めて、肩の力を抜いた。
伊地知の着きましたよ、という声がかかるまで、五条とナマエのやりとりは続いていたが、今回は五条の奢りで回らない寿司の食べ放題ということで手を打ったらしい。
その食べ放題に自分も参加することになっていて、恵は小さくよし、と拳を握った。
パッと見は病院のようにも見えるその建物は、劣化が進み、所々ヒビが入り崩れてしまいそうな場所もある。帳で覆われて辺りが暗いせいで余計に〝出そう〟だと、ナマエは身を震わせた。
「うわぁ…まじで出そうな雰囲気なんだけど。」
「そりゃ呪霊が出るから俺たちが来てるわけだしな。」
「そっちじゃなくて!」
「さっきの話か…いたとして、呪いと対して変わらないだろ。だから五条先生の言うことは話半分に聞いとけって言ったんだ。」
ナマエがこんなにも怯えている理由は、ここに来るまでの道中、高専保有の車内で悟が面白がってナマエに余計なことを吹き込んだせいである。
________
「初めまして、伏黒くん、ミョウジさん。私は補助監督の伊地知、と申します。これから関わることも多いでしょう。どうぞよろしくお願いします。」
腰の低い、見るからに気の弱そうな人だなと、失礼ながらもナマエは思ってしまった。
「「よろしくお願いします。」」
「伊地知は生徒の担当をすることが多いからねー。いつでも頼るといいよ。でも、困った時はこいつに言えば大抵はどうにかなるけど、だからってあんまり無茶振りしちゃわないようにね。」
「無茶振りして無理やりどうにかさせようとしているのは五条さん、主にあなたでしょう…。」
「伊地知、なんか言った?」
「いえ……」
今の会話だけで伊地知と五条の関係性がありありと分かってしまった。そして、いつも振り回されているんだろう事が容易に想像できる。恵とナマエはこっそり伊地知に憐れみの眼差しを向けた。
「コホン…。さて、そろそろ現場へ向かいましょうか。さ、どうぞ。乗ってください。」
こうして恵たちを乗せた真っ黒なセダンは、伊地知の運転により目的地に向けて出発した。
「お二人は今日が初めての任務ですね。でしたら私たち補助監督の役割について基本からお伝えしておきましょう。既にご存知の事もあるかも知れませんが復習と思って聞いてください。」
伊地知たち補助監督は、今日の様に任務地への送迎はもちろん、現地で簡単な帳を貼ったり、普段は術師のスケジュール管理など、術師がスムーズに任務をこなせるように様々なサポートを主な業務としている、と分かりやすく説明をしてくれた。また、恵たちの様な経験の浅い術師にある程度の任務の方針を指示してくれたりもするらしいので、これからたくさんお世話になりそうだ。
「伊地知さん。それで、任務の内容って……。」
「任務の詳細については予め五条さんへお伝えしておきましたが…………なるほど。分かりました。私からご説明しましょう。」
助手席に座る五条に目線をやったが、当の五条は鼻歌混じりで窓の外を流れる景色を見ているだけだった。それだけで大方の事を理解したのか、任務の詳細について教えてくれた。
「今回の目的地は、元々は研究所のあった建物です。製薬会社が倒産した後、なかなか買い手が見つからなかった事で建物は劣化。何年も経ってようやくその敷地に福祉施設が建てられることが決まったんですが……現地調査に向かった調査員がそのまま帰ってこないという事で地区担当の窓が調査したところ、呪霊が発生していることが分かった、というわけです。」
話を聞いていたナマエは無意識の内に両手でスカートを固く握りしめていた。その表情は、呪霊に対する怒りと……おそらくは恐怖からくるものだろう。被害者が既に居ると聞いて、自分が襲われた時のことを思い出したのかも知れない。
「ナマエ、皺になる。」
恵はゆっくりとナマエの握りしめられた指を解きながら小声で尋ねた。
「怖いか?」
「…ちょっとだけ、ね。でも大丈夫だよ。ちゃんとやれる。」
「…そうか。」
「ちょっとちょっとー!そこ!コソコソとイチャつかないでくれるー?」
「別にイチャついてません。」
「無意識でそれ?二人ともほんとに…まぁいいや。」
五条はまるで子供が拗ねた時のような口調で恵たちを咎めたが、心なしか口元はニヤニヤしている。
「ナマエー、緊張してる時に追い討ち掛けるようだけど、もしかしたらそこに居るのは呪霊だけじゃないかもよー?」
「うん?どういうこと?」
その言い方に食いついたナマエに、五条は待ってましたとばかりに、いかにもな言い方で話し始めた。
「それがさー、その元研究所なんだけど。近所の人の話だと……夜な夜な犬の遠吠えみたいな音が聞こえたり、動物っぽい影が敷地の中をウロウロしてたりするんだって。」
「…犬?」
「それがこれから祓う呪霊じゃないんですか。」
「ちょっと恵は黙ってて。」
恵をピシャリと遮った五条は、少し眉を顰めたナマエを見て更に畳みかけた。
「その製薬会社が倒産した理由、聞きたい?」
「え、なに……?」
(またか。毎度毎度この人は…)
恵が呆れてしまうのも仕方ない。こういう時の五条は大抵ナマエで遊んでいる。ナマエはそれに懲りずに毎回しっかり騙されるのだ。
「実はさ、その製薬会社、治験の為に違法に動物実験を繰り返してたらしいんだよね。」
「動物実験…って、もしかして。」
「そ。保健所送りになりそうな動物を引き取って、研究の為に劇薬を何回も何回も投与してたらしい。一番多かったのが、犬だったんだって。」
「……え、ちょっと、悟くん、やっぱいいや。聞かなくて。」
だんだんと話が見えてきて泣きそうになっているナマエを余所に、流石の恵も五条の話を聞いて表情を険しくした。それが本当の話なら、なんて非人道的な事をするんだ、と。
「だから、倒産して閉鎖された後、誰もいなくなった研究所では酷い実験ばかりされていた犬たちの無念が霊となって現れて……」
「いやーーー!もういい!やめてー!」
ついにナマエは両耳を押さえて隣に座る恵の肩口に顔を埋めてしまった。
「五条さん、流石にかわいそうですよ…。」
それまで何も言わなかった(言えなかった)伊地知がやっと助け舟を出した。
「ミョウジさん、大丈夫ですよ。そういった噂話があったのは確かですが、実際は違法な実験などはされていませんでしたから。」
「……へ?そうなの?」
「はい。現に、近所の野良犬が敷地の中を徘徊しているのが目撃されてますし、噂に尾ひれがついてそんな話になっただけでしょう。」
(やっぱりな。おかしいと思った。)
涙目で怯えるナマエを撫でてやりながら恵は思った。凄惨な話をしている筈の五条の顔がどことなく楽しそうにしていたから。やってることは小学生並みなのに、内容がちょっと頂けない。
「なーんだぁ。良かったぁ…。悟くん、ちょっとタチが悪いよ……」
ホッとしたナマエに向かって、五条はでもね、まだ続きがあるんだ、と言い出した。まだ何かあるのか。
「倒産の本当の理由は、政治家への不正献金が発覚したってやつなんだけど。僕、その時の捜査をしてた刑事と知り合いでさ。後から聞いたんだよね。当時警察が乗り込んだ時に研究所にももちろん家宅捜索が入ったんだ。それで、研究所の裏山も調べたら……そしたら…」
「え、やだ。やだやだ。もういいよ……ストップ!」
話を遮ろうとするナマエのことなんかお構いなしに、五条は続ける。
「そこには、大量の白骨化した動物たちの骨が……!」
「!!」
少し低めの声で告げた五条の言葉に、ついに何かを通り越したナマエはフリーズしてしまった。その話は伊地知も知らなかったのか、「え?本当ですか?」と不安そうに尋ねた。
……まじか。流石に信憑性のある話になり、恵も信じかけた頃。
「……なーんてね!僕に警察の知り合いなんていませーーーん!びびった?」
「「ハァ!?」」
恵と伊地知の声が揃ったが、ナマエは無反応だ。五条も、ナマエの怖がる様子が見たくてした事なのに、反応がないと面白くない。
「あれ?ナマエ、生きてる?息してる?おーい、ナマエちゃーん?」
無表情で固まったままのナマエは、しばらく呼びかけられた後。ゆっくりと瞬きをしてからスッと五条の方を見た。
「悟くん。」
「ん?」
「嫌い。」
「え゛。」
五条はやり過ぎてしまったらしい。ナマエの「嫌い」は余程効果があったのか、流石の五条も慌てている。
(……アホらし。)
呆れた恵は、いつの間にか起こしていた体を座席のシートに再び沈めて、肩の力を抜いた。
伊地知の着きましたよ、という声がかかるまで、五条とナマエのやりとりは続いていたが、今回は五条の奢りで回らない寿司の食べ放題ということで手を打ったらしい。
その食べ放題に自分も参加することになっていて、恵は小さくよし、と拳を握った。