第二十話 嫉妬
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――都内某所。
少し入り組んだ道の先に目的の店があるため、伊地知に近くの大通りで降ろしてもらい、三人で歩きながら向かっていた。
「今から行くとこ、建人くんの行きつけなの?」
「そうですね、こじんまりした店ですが、味は保証しますよ。」
「建人くんのお墨付きなら間違いないから楽しみー!」
呪術界きっての美食家でもある七海。普段自分たちが通うような食べ放題のチェーン店とはワケが違うだろうことが想像できる。恵もこっそりワクワクしていた。
「私たち制服のまんまなんだけど、大丈夫かな……」
「そんなお堅い店でもないですし問題ないでしょう。」
「だって建人くんの選ぶお店ってどこも素敵なとこばっかりなんだもん。」
「それよりも臭いが着く方が心配ですね。言い出したのは私ですが…。」
「それなら大丈夫だよ!いっつもすぐにビリビリになるから、予備がいっぱいあるの!」
自慢気に言うことではない。むしろ恥じろ、と恵が思ったところで、七海の眉間に皺が寄った。
「いつも、ビリビリ…とは?つまり、いつも制服がダメになる様な戦い方をしているんですか?」
「え゛。」
(ばか…。)
「まさか、いつも怪我している、とは言いませんよね?」
「ま…まさかぁ……ははは……はは。」
「…まぁいいでしょう。今日はお祝いですからね。説教は次の機会に。」
「う…。」
道中で説教が始まらなくて良かった。七海の説教はそこそこ長い。縋る様な目でこちらを見てきたナマエの事は、無視することにした。
七海に連れてきてもらった店は、確かにこじんまりとした佇まいで卓数もさほど多くない、どちらかというと庶民的な店だった。七海の外見や第一印象だと敷居の高そうなお高い店を選びそうにも見えるが、実のところ、本人はこういったアットホームな落ち着きのある店が好きだったりもする。
女将だろうか、優しそうな笑顔の妙齢の女性に席に案内されて、おしぼりで手を拭う。
「なんか、いいね。落ち着く。こういうお店好きだな。」
「あなたならそう言うと思っていましたよ。」
「えへへ。」
どうやら七海はナマエの好みに合わせて店を選んだらしい。ナマエからは自然な笑みが零れる。いつもよりも少し表情の柔らかい七海に「好きなものを頼んでください。」とメニューを渡された恵は少しだけ悔しい気持ちになった。大人の七海に対する憧れとほんの少しの嫉妬。もちろん七海本人にそんなつもりはないだろうし、こんな風に思ってしまう事自体お門違いだ。
「恵?どしたの?皺寄ってるよ?」
「…なんでもない。」
ナマエの指が恵の眉間にグリグリと触れたことでハッと気づいた。知らぬ間に険しめの顔になっていたらしい。スッとナマエの手を取り元の場所に戻した。ちなみに、今までの恵であればパシッと払っていただろうと思えばものすごい変化である。こういう変化を目敏い人たちに見破られてことごとくバレているのだが。
「あれ、七海サン?」
それぞれがメニューを見ながら注文の品を選んでいると、新たに入店した客であろう男性が声を掛けてきた。全身黒で統一されたラフな格好のその男性は、七海の友人というには少し若い気もする。一瞬でナマエの体に緊張が走った。20代前後の男性、それが理由だろう。
「猪野くん、お疲れ様です。」
「あ、お疲れ様っす!うわまじか!七海サンに偶然会えるとかマジラッキー!あ、ご一緒していっすか?」
軽いノリでそう告げた猪野と呼ばれる男性は、了承を得る前に七海の隣に着席してしまった。お疲れ様、と言っていた辺り自分たちと同じ呪術師だろう。呪術師にしては珍しい、少しチャラ………明るい性格のようだ。
「ハァ。猪野くん、見ての通り今日は連れが居ますので。一緒の食事はまた次の機会に…」
「お!高専の制服…っつーことは後輩チャンか。」
ナマエの様子に気付かない七海ではない。それでなくとも、七海の性格であれば同じことを言っていたとは思うが。ハッキリと断りを入れた七海に対して、偶然七海に会えたことでテンションが上がってしまっていた猪野は恵たちの存在にやっと気付いたようだった。そしてナマエの姿が入ったとき、目を大きくした。
「うぉ!カワイ子チャン!七海サンなんで黙ってたんすか!こんなカワイイ後輩の知り合いが居たなんて聞いてないっすよ!」
「別に言う必要もないでしょう。」
いきなり目が合いビックリしたナマエは思わずテーブルの下で恵の制服の裾をギュッと握った。恵はチラリとナマエを見た後、七海の方を見た。それに気づいた七海の方も分かったとでも言うように一つ肯いた。
「ナマエ、驚かせてしまいましたね。彼も呪術師ですよ。私が信頼している人間の内の一人です。」
〝だから、大丈夫〟
ナマエにはそう言われているように聞こえて、少しだけ指の力が抜けたが、猪野のナマエに対する興味はまだ尽きていなかった。
「七海サンに信頼してるって言われた…。ヤバい、今なら泣ける。あ、ナマエチャンね、会ったことないってことは、一年?」
「あ…の…」
七海の言葉にじーんとしたかと思えば、コロッと元に戻る。随分切り替えが早い。戸惑うナマエを見て恵が口をだそうとしたところで、七海が助け舟を出した。ナマエに興味津々な猪野は恵の存在すら認識していないかもしれない。
「猪野くん、彼女は少し人見知りな
「あ、そうなん?ゴメンゴメン、じゃあちゃんと知り合いになろうぜ!俺は猪野琢磨、はじめまして、ナマエチャン!」
七海の言葉に被せ気味に言った猪野は、ニカっと全く悪気のない笑みを浮かべた。七海の少しムッとした表情と少年のように笑った猪野の顔を見比べて、ナマエは肩の力が抜けた。七海が信頼していると言い、本人はなんの毒気もなく笑いかけてくる。怖がっていては失礼だと思った。
「ふふっ…ふふふっ。建人くん食い気味に被せられちゃったじゃん。ふふっ。…はじめまして、ミョウジナマエです。」
「笑った!天使か!?…あ、飯、ご一緒してもいい?」
「あ、どうぞ。……天使?」
「ナマエ、いいんですか?」
「うん、建人くんが信頼してる人でしょ?だから大丈夫だよ。」
「しかし…。」
七海がチラリと視線を向けたのは、完全に表情が無になっている恵。もはや猪野と正反対の状態である。七海の視線に気づいたナマエが恵を見て、ハッとした。
「あ、ごめん恵。勝手に決めちゃった。」
「…お前がいいなら俺は別に。」
ホントはよくないが、この状況ならこう言うしかないだろう。明らかに自分と正反対の性格であろう猪野。どことなくナマエの普段のテンションにも似ていて、嫌な予感しかしなかった。